金属のこすれる音

苦手な音ってありますよね。
ガラスに爪。
黒板に爪。
フォークでひっかく音。
どれも「ひっかく」時に出る音ですね、関係あるか分からないけれど。

嫌いな人、多いですよね。
でも、大丈夫な人も結構います。

私は、子どものころは全然大丈夫でした。
感覚的にですが、大丈夫なのは子どもの方が多いように思います。
経験値なのでしょうか。

私は、30歳を超えたくらいから、どうもこういう音が完全にだめになってきました。
耳ではないのです。
反射的なものです。
パブロフの犬レベルです。

人がやってしまったのを見たときは、耳をおさえます。耳はなんともないのですが。
自分がやってしまったときは、手をおさえます。手からすぐに胸のあたりまで嫌な感じがビリビリします。
その後に胸を頭や胸をかきむしりたくなります。
全身に電気が流れるようなものです。

しかも、吐き気のようになります。
しばらく、そうしばらく余韻が残ります。

不思議ですね。
以前は大丈夫だったのに。


これは予想なのですが、多分、聴覚ではなく、視覚+触覚なんです。
この反射的な吐き気というか電気というか。。。

あの音を状況が想像されないようなときに、目でも見ていない状態で、聞いたとしたら、平気な気がします。

極力あの音が出ないようにすることが一番の対処法ですが、他に何か克服できる方法ってあるのでしょうかね。

こういう経験と結びつく反射って、心理学の範疇ですよね。
精神病理学と密接なのがよく分かるというものです。

記事を書いているだけで、なんだかむずむずしてきてしまいました。
読んでいてむずむずさせてしまったらごめんなさい。
0

    思慮深さにどこかラインが引けるか

    「あの人は、思慮深い。」
    と表現することがあります。

    今の時代では、「情報リテラシーが高い」と同義と言えるでしょうか。


    今日の記事は、パラドキシカルなものです。
    うそつきのパラドックスって知っていますよね。
    Aさんが、「私はうそつきです。」という。Aさんはうそつきか正直者か。
    Aさんが正直者であれば、「私はうそつきです。」という言葉は真であることになる。
    →正直者のAさんはうそつきである。(成立しない)
    Aさんがうそつきであれば、「私はうそつきです。」という言葉は偽であることになる。
    →うそつきのAさんはうそつきではない。(成立しない)



    思慮というのは、慎重に考えることです。
    ただ「思慮深い」という時は、ただ単に対象を多角的に見て考えているというだけでなく、
    考える対象の核心をとらえている場合ではないでしょうか。

    自分とは違った視点からも考えているときに使うというよりも、
    自分と同じ視点から考えているにもかかわらず、自分の考えよりもことの吟味ができている状態のときに使うのだと思います。


    この考える対象が、哲学的な対象であれば、どこかに線引きはなくスペクトラムな様態を示すと思うのですが、
    世間一般で起きている事象(ここでは事件とか事故などを想像していただいて結構です)については、判断材料が与えられていて、どこかに着地点があるのが社会というものですから、この場合にはもしかするとどこかに線が引けるのではないかと、ふと考えたのです。

    多分、さっぱり意味が分からないと思うのですが、
    事件だと事故が起きたときに、野次馬のように議論する人たちがネットであってもそうでなくてもたくさんいますよね。
    そういう人たちの中に
    思慮深そうにふるまっているけれど、ちっとも事の核心をとらえていない
    人がいます。


    分からないことを分からないとしている人は、自分がどこまでは分かっているのかが分かっています。
    つまり、本当に思慮があるならば、自分に思慮が足りていないことに気付くということです。

    そうなると、思慮の深さは相対的なもの、すなわち自身の思慮を比較して「この人は自分よりも思慮が深い」と考える、ということではなく、表現されたものに限っていえば、客観的なラインが見えてくるのではないでしょうか。

    ビッグデータで様々なマーケティングが実現できる昨今。
    Twitterのコメント付きRTとやfacebookのリンクシェアなどは、その人の思慮が、要求される課題設定能力や問題解決能力を満たすものかどうかを容易に露呈するでしょう。
    リンクシェアなど簡単にできますが、「いいね!」と押している友達も、リンク先の記事については「いいね!」と思いつつ、シェアした人のコメントを見て「あちゃ〜」と思っていることなんかもあるでしょう。

    人の人生は長く続きます。
    webは自分自身をいとも簡単にプロファイルし、アーカイブします。
    日々、成長し、思慮も(まっとうな人生であればたいてい)深くなっていくものです。
    ですから、今の自分は思慮に足らずとも、将来の自分をもつぶしてしまわぬように、webに生きる自分を大切にしていかねばならないものです。


     
    0

      iPad発売当初から思うこと

      今夜もAppleでは発表会があり、製品がアップデートされる模様です。
      そういう時は、web上のApple storeは閉店しています。
      閉店時のapple store

      今夜発表されそうなのは、iPad miniのRetina版とか、Mac Proとか、Mac OS X Marvericksなどです。


      今日の記事は、別にその予想をするわけではありません。

      私は、iPad初代、iPad2、iPad Retina、iPad miniと出る度に買ってきました。
      お気に入りはiPad2と、iPad miniです。
      共通していえるメリットは、端末重量です。やはり軽いのがよいです。
      iPad Retinaは、確かに「感動体験」があります。
      でも、重くて長く手持ちしたくないのと、端末が熱くなってしまうことが大きなデメリットです。


      さて、そんなことよりも、私がiPad発売当初からずっと思っていることがあります。
      これは技術的な課題ではなく、ビジネスモデルとして成り立たなくなるからではないかと考えられますが、

      ユーザーアカウントの切替ができたらいい

      とずっと思っています。
      おそらく多くの人が思っていることでしょう。


      iPadは、家電です。
      わざわざPCを立ち上げなくてよいというのは、まさにライフスタイルの革命なのです。
      (もちろん今のPCはスタンバイ状態にしておくのが普通ですから、さほど立ち上げにストレスはありませんが)
      PCの前に向かうのは、こういった長文の入力とか、仕事の時くらいでよくなるわけです。

      ソファでくつろぎながら、あるいはベッドで寝転がりながら、ネットしたり映画(動画)みたりゲームしたりなんてできるようになったのは、それはそれは素晴らしいことでしょう。


      しかし、残念なことに、iPadは「共用」することをあまり歓迎していないように思います。
      1人1台買って欲しいのかと思うような作りにも感じられます。

      ペアレンタルコントロール機能を使い、子どもがアクセスできるものに制限をかけてiPadを与えることはできます。
      でも、それは子どもに買い与える場合であり、親も共用で使うとなると、その都度制限を解除したり設定しなくてはなりません。
      メールなど最たるものでしょう。アプリ起動で誰にでも見られてしまうのですから、とても共用などできないでしょう。
      (私の場合は妻にRetina iPadは使ってもいいようにしています。見られて困るメールもなければ、妻も私のメール覗くことありませんから^^)


      ロック画面から、パスコードを入力する際、入力したパスコードによって自動的にユーザー切り替えてログインできればいいとも思っていました。
      「1111」はお父さん、「2222」はお母さんとか。
      偶然にも同じパスコード設定したらエラーになっちゃいそうですし、隠されているとアタックかけたくなるかもしれませんけど。

      iPhone5sで指紋認証機能が追加され、いよいよそれが簡単にできそうではありませんか。
      ホームボタンに指をおくだけで、自動的に認証されたユーザーでログインできるわけですよ。
      親ユーザー、子ユーザーの関係ならいけますよね。容量も親ユーザーが切り分けられるでしょうし。



      ちなみに、脱獄(ジェイルブレイク)すればできるようです。
      でも、正規でできたらいいですよね。
      ビジネスモデル的に、端末価格が2万円くらい高くなっちゃうかな。。。
      0

        「国公立大学の2次試験 知識偏重試験廃止」から

        どうも考えていて、まとまらないので、カテゴリも雑感にします。

        政府の教育再生実行会議で、「知識偏重」とされる試験から、「人物重視」となる試験への転換方針が出されたことがニュースになり、当然、教育関係者である私のソーシャルタイムラインもにぎわってきているところです。

        ニュースを斜め読みしたときは
        「なんだ、大学入試だけのことか」
        と思い、ちょっと残念な気持ちもしながら放っておいたのですが、
        寺西隆行氏のブログ記事を読んでいたら、いろいろな可能性やら、思いやらがふつふつしてきたので
        考えたことを自分も記事にしておきたくなりました。

        私が考えたのは、入試の方法についてではありません。
        知識偏重試験にしても、人物重視試験にしても、どちらにも大事なこともあり、また危惧するところもあります。
        その点については寺西氏がとても分かりやすく書いているので、そちらを読んでいただければ。

        考えたこと
        1.大学はアドミッションポリシーをどこまで本気で設計できるか
        2.高校までの学校教育はどのように変化できるか
        の2点。


        学力の定義はいくつかあると思います。
        私の中で完全一致できなそうな観点は、
        ・社会的要請としての学力
        ・幸福追求としての学力
        です。これは常日頃思っています。
        前者は、例えば国際社会の中で生きていく力だとか、日本として国際競争力に耐えられる力とかそういうもの。
        後者は、一人ひとりが豊かさに理想を描き、生涯にわたってそれを実現していく力。

        私は大学時代からずっと「傲慢」を哲学しています。
        教育という行為の重大な意義の一つは「継承」であり、過去から未来へ、異なる命に人間社会をつないでいっているわけですが、
        私は新しい世代による「破壊的創造」があってよいと考えているし、一方頑に「継承」を行おうとする行為そのものも人間であるゆえの「傲慢」さであり、それも許容しています。
        (意味不明ならすみません)

        つまり完全一致は、人間同士あるいは人間個人の傲慢との闘い故に不可能であっても、そのどちらもが実際には共存するだろうということです。


        関係ない話にしか聞こえないかもしれませんが、私としてはその共存すべき2つの学力を大事にしながら、教育理念はかかげられるべきであり、大学のアドミッションポリシーもきっとそうあるのだと考えます。
        であれば、大学の研究が進むために必要な学生を雇用するわけでも、一部上場企業へ輩出される学生を通過させるわけでもない、また学部によって人としての豊かさが規定されていくようなことのない、「求める学生像」と「育てるべき学生像」が一致していくに違いないと。

        そして、これは可能性というか希望でしかないかもしれませんが、
        大学入試が変わることで、高校までの学校教育にも変化があらわれるのではないかということです。
        また、変化がなければならないとも思っています。
        でなければ、記述試験も面接試験も結局は「傾向と対策」によって、「人物重視」は阻まれるでしょう。
        目標が目的化する(本来の的にたどりつくための標自体が的になってしまう)という過ちは、残念ながら「知識偏重」試験に限ったことではないと思っています。

        だからこそ、私は、後者の学力である「幸福追求」をしっかり教えたいのです。
        具体化すれば、主体的に学ぶ喜びを実感させ、社会に参画する人を育てたいのです。

        大学入試が変わるだけで何かが変わるわけではありません。
        ですが、たとえば小学校で行われている「総合的な学習の時間」のような学力観がより生きてくるかもしれません。
        高校が変わることで、中学が変わるかもしれません。
        中学が変わることで、これまで串刺しになっていた「受験」という学力の枷から、本来の学力の歩みが、高校のためでも大学のためでも会社のためでもなく、小学校から大学まで一貫していくかもしれません。


        なんだか、真面目に意見を出した記事に見せかけて、ただ妄想しただけだった。
        0

          音声入力技術は、誰にとっても進歩したのだろうか

           今、ふとNewtonの10月号見てたら、広告にドラゴンスピーチがあった。
          winXPが出たころに、音声入力が一時がんばろうとしたときありましたよね。
          winXP標準でも音声入力機能は実装されていました。
          プロファイル作るのに、決められた文章をたくさん読まなくちゃいけなかったの。

          今ではSiriのようなクラウド型音声入力システムが開発されていて、それはそれは大きな技術革新です。
          多分、XPの頃の音声入力技術とはちがったものになっているのでしょう。

          だってプロファイル作らなくて、誰の音声でも通用するのだもの。
          人の波形の特徴を読み取るのではないのでしょう。

          ということは、くせのある喋り方をする人にとっては、今の音声入力技術はむしろマイナスに働くこともある??


          ドラゴンスピーチって、XPの頃からあったと思う。
          日の目を見なくても、ずっとがんばってきたのだな。
          いや、一般に広まらなくても、特定の分野で使われてきたのかもしれない。

          なんと、ICレコーダーに録音された音声をテキストにおこすこともできるとか。
          すごいな!まさに欲しい機能ではないか。
          0

            台風は週末にくることが多いのでは

             今日は、根拠のないことを書きます。

            『お天気のミステリー』(著:日本雑学研究会)
            によると、
            台風は週末の夜を好む!?

            とあるようです。
            購入して読んだわけではなく、私自身が
            台風、週末に来ること多くない?!
            と思っていて、ちょっとググっただけなのですが。

            みなさんはどう思われますか?

            もちろん、日本列島は広く伸びているので、関東の私が感じるだけかもしれません。
            あるいは、自分の生活スタイルから、台風に意識が向くときが週末にかけてだけなのかもしれません。
            でも、多い気がするのです。

            仕事のことを考えると、やはり台風は週末に通り過ぎてくれた方が嬉しいです。
            (子どもたちは、学校休みにならないかとか考えるから平日の方がいいかもしれませんがね)


            私が何を言いたいかというと、
            人間社会の営みが、台風の発生に影響を与えているのではないか
            ということです。

            人間が何かするから台風が発生するというのではなく、
            気象に影響を与えている結果、そういう台風の発生リズムが形成されているのではないかということです。

            温室効果ガスによる地球温暖化の影響が言われるくらいです。
            大きな行事で雨が降らないように、事前に人工的に雨を降らすことができる時代です。
            長期的なことだけでなく、短・中期的にみても影響があるに違いないと。
            そして、それは、人間の社会的な営みのリズムに当然呼応するのではないかと。

            どういうことかと申し上げると、例えば工場の稼働率、道路の交通状況、人が電気を使う場所の変化などです。
            バタフライエフェクト理論なんてあるくらいだから、もしかしたら人が息を吸って吐く場所が違うだけでも何かしら影響があるのかもしれません。

            あくまでリズムの話ですから、
            「人間社会の営みが気象に影響を与えていていかん!」
            と言いたいわけではありません。

            ただ、観光地や街の商業施設など、週末に収益を見込む商売はたくさんあります。
            本当にこれが根拠を伴う事実で、しかも経済的な影響も大きいのであれば、対策を考えていかねばならないかもしれませんね。
            0

              ねらいの吟味が不可欠だとしつこい私

               区には(市にも)情報・視聴覚教育研究会っていうものがあります
              以前は視聴覚教育研究会と言われていたものですが、昨今の情報化社会に対応して、視聴覚・情報教育研究会といわれるようになったり、情報の方が取りざたされて情報・視聴覚教育研究会という名称になったりという経緯があるようです。

              でも、この名称自体、ずれがあります。
              そもそも視聴覚教育とは、視覚や聴覚に訴えて教育効果を高める教育“方法”をさします。(Wikipediaにもそうあります、おそらく引用は世界大百科事典のようです。正確な参照は示せずすみません。)
              ところが、情報教育は、情報活用能力を伸ばす教育をさします。
              文部科学省では、「情報活用の実践力」「情報の科学的理解」「情報社会に参画する態度」を育成することとしています。

              すなわち、視聴覚教育において子どもを評価することはできませんが、情報教育においては子どもを評価することができます。もっと言ってしまえば、視聴覚教育は教師サイドの話であり、情報教育は子どもサイドの話なのです。

              つまらない、些細なことかもしれませんが、そういう認識があっていいんじゃないでしょうか。あった方がいいと思います。

              したがって、研究会にて
              授業の中で、視聴覚(機器)を取り入れてどう教育効果を高めていくかについて議論をするのは、「視聴覚教育研究」であり、
              子どもにどうやって情報活用能力を身につけさせていくかを議論するのは、「情報教育研究」であります。

              ビデオだとか、パソコンだとか、掲示物だとか、全く関係がありません。
              パソコンを使って教師がどう教材を提示するかは、情報教育ではなく視聴覚教育です。

              繰り返しますが、視聴覚教育は教育方法をさすので、教科におけるねらいを達成するのに効果的な方法としての視覚および聴覚に訴える手立てについて追究することになります。
              ですから、視聴覚教育研究は、教科のねらいの吟味が大前提です。
              0

                情報リテラシー

                「インターネットは危険。だから禁止・フィルタリングしろ。」という反対派がいる。 
                また、「時代は情報社会。情報リテラシーをつけるため、どんどん使わせるべき。」という、推進派がいる。 
                どちらが多数派だろうか。 

                この命題に多数派は存在しない、と私は考えている。

                 現実には、情報社会は既にまぎれもなく訪れているし、インターネットに有害な情報が無数に存在している。 

                この二者は、往々にして互いに喧嘩腰であり、また議論が噛み合わない。 
                なぜか。
                 それは、両者とも議論の中心が「どう使わせるか」というデバイスに置かれているからである。 
                私が両者ともを批判するのは、この点にある。 

                 私は、情報リテラシーの形成は、現実の日常生活・経験と知識からなされるものであると考えている。 
                デバイスは、情報リテラシー形成の一端にしか過ぎない。 
                どんなデバイスに出合うかとか、デバイスをどうやって使うかなんていう議論は、私にとっては二の次だ。 
                どんな情報と出合い、どんな情報を必要とし、どう人とかかわっていく生き方をするのか。
                それを大事とし、教育において語る場合も同様である。

                JUGEMテーマ:教育
                0

                  本の選び方、買い方

                  ブログに書く程のことでもないのですが、
                  私の本の買い方について紹介します。
                  ちなみに楽天の遣い魔のような記事になりますが^^;
                  せこい話であたかもアフリエイトのようでもありますが、記事にアフリバナーつけて儲けようなどとは一切考えていませんよ。


                  本の購入は、ほとんど楽天ブックスを利用しています。
                  理由は、
                  ・重い本を持ち帰らなくてよい
                  ・店で買うより得
                  の2点です。


                  一度に何冊も買う人、あるいは高額になる人にとって、「今すぐ読みたい!」という衝動買いでなければ、上記2点の理由でまあおすすめです。

                  本は基本的に、どこでも定価です。
                  ご存知の通り、楽天やらのオンラインショッピングではポイントが付きます。
                  これがなかなかあなどれないのです。
                  私の場合、実質1割引きかそれ以上にはなっていると思うので。


                  1.本を選ぶ
                  失礼な話ですが、本は本屋で選びます。
                  ちゃんと中を見ておもしろそうなものを選んでいます。
                  雑誌1冊くらい買って帰るかな。

                  チェックした本は、iPhoneアプリの「ブクログ」にて、本棚に登録しておきます。
                  本の裏にバーコードがありますよね。これをアプリで読み取ります。
                  *本の外観とか、中身を撮影したら違法ですよ!


                  2.ポイントキャンペーンなどにエントリーする
                  楽天はいつでもあれこれとキャンペーンをしていますが、週末が少しお得な気がします。

                  私はANAマイルを貯めているので、まず
                  楽天ブックスDEマイル!キャンペーン」というページにアクセスして(ブックマークしてあります)、エントリーします。こちらはエントリさえすれば、いつでも100円につき1マイルつきます。

                  次に、楽天のトップページにアクセスして、関係するキャンペーンの全てにエントリします。
                  「全ショップ対応」のようなものです。
                  私は、「プラチナ会員3倍」とか「72時間限定!全ショップ3倍」とか「PC&携帯両方で」みたいなものにエントリしてます。
                  「掲載ショップ限定」には、10倍などがありますが、楽天ブックスは対象外です。

                  その次に、楽天ブックスのページにアクセスして、楽天ブックスでのポイントキャンペーンにエントリします。(楽天トップページからもだいたいエントリできると思います)

                  いつも3つ4つくらいエントリすることになります。
                  これで合計10倍くらいにはなります。

                  *楽天ブックスのポイントキャンペーンは、最近小規模化してきたように思います。
                   2000円以上とか、2点以上など条件がありますから、気をつけて買います。
                   また、場合によっては分散して購入することもあります。


                  3.本を買物かごに入れていく
                  ブクログに登録した本を参考に、本を検索し、買物かごにほうりこみます。


                  3.5.他のポイントモールからアクセスし直す
                  クレジットカード会社のオンラインモールなど、他のモールを経由してのポイントの二重取りをする場合は、面倒なので買物かごにいれた段階でアクセスし直します。


                  4.注文手続きを気をつけながら進め、購入する
                  保有しているポイントのうち、期間限定ポイントは確実に投入します。
                  他のポイントも、私は本を購入する際にほとんど使います。
                  店舗で割引がきかないものにポイントを使うというのがかしこい使い方です。

                  注文確定のボタンより下に、楽天からのDMがばかすかくるようにチェックが入っているので、このチェックを全て外してから注文確定します。


                  以上のような手間をかけて本を買っています。
                  楽天のデメリットは、
                  ・Amazonよりも品揃えが悪い(欠品になっていることがある)
                  ・ありえない量のDM
                  ・得なのは確かだけど、期間限定ポイントなどですっかり囲い込まれる
                  ですね。
                  楽天用にフリーメールを取得して使うのも手でしょう。


                  今回は、7500円程の購入がありました。
                  75マイルと560ポイントくらいになりました。
                  ちなみに、楽天ポイントが1100ポイント程あったので、6400円程。
                  ポイントを使っても、付与は決済額ではなく差し引き前の額に対してなので、上手にまわしていくとさらにお得です。
                  0

                    クリック募金がきらい

                     私はクリック募金が嫌いだ。
                    クリック募金とは、バナーをクリックすることで、広告主となる企業がユーザーに代わって1円なり募金するというものだ。

                    私がクリック募金を嫌いなのは
                    • 自分の財布には一切、手をつけない
                    • 即効性がない
                    • 企業の社会貢献の肩代わりをしているだけ
                    という理由からだ。

                    クリック募金を否定しているわけではない。
                    ビジネスモデルとしては悪くない考え方かもしれない。
                    企業の社会貢献は、募金をするということ以上に、寄付をする必要のある対象を社会に広く知らせることにあると考えられるからだ。
                    ユーザーは、企業HPや企業を協賛とした代理のHPを見る事によって、世の中で寄付を必要としている事象に触れることができる。

                    私が言いたいのは、
                    本当にあなたにできることはクリックなのかということだ。
                    クリックして1円募金した気になって一善を果たしたと満足することを愚弄したいのではなく、
                    事実として、募金をしたのは企業であり、あなたはただクリックをしただけだということを理解しているのか疑問だということだ。

                    正しく理解しているクリック募金者はこうだ。
                    すなわち、クリックという行為によって企業の広告塔となり、かつ寄付する対象へ少し理解を進めたといことだ。
                    しかし、このように理解している者は意外に少ないように思うのだ。
                    なぜなら、寄付する対象へ理解を進めたのであれば、そのこと自体を広く発信すればよいのであるが、多くは「クリック募金」を紹介するに留まることが多いからだ。
                    もちろん、直接募金もしているが、募金をしていることを人にはいわない(控える)日本人の特性もあるだろう。実際に行動しつつ、かつクリック募金も行っているのだという者も多くいるだろう。ただ、それは日本人の心理をとらえたビジネスモデルにのっかったという消極的な行為であり、クリックそのものができることという理由としては不十分に思う。

                    私の提案は、
                    • 1円でも自分で募金してほしい
                    • 売り上げの一部を寄付に回すという企業の商品を買う、フェアトレードの商品を買うなど、より経済的・人道的なものにも目を向けてはどうだろうか
                    • クリック募金を紹介するよりも、寄付対象について広く知らせてはどうだろうか
                    という3点である。

                    「きらい」という感情表現でキャッチしたが、懐疑的であるというのが実際のところ。
                    0

                      << | 2/3PAGES | >>

                      小学生発!Pray for Japan

                      search this site.

                      profile

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      recent trackback

                      Twitter

                      ブクログ

                      facebook

                      links

                      recommend

                      教育×破壊的イノベーション 教育現場を抜本的に変革する
                      教育×破壊的イノベーション 教育現場を抜本的に変革する (JUGEMレビュー »)
                      クレイトン・クリステンセン,マイケル・ホーン,カーティス・ジョンソン

                      others

                      mobile

                      qrcode