クリック募金がきらい

 私はクリック募金が嫌いだ。
クリック募金とは、バナーをクリックすることで、広告主となる企業がユーザーに代わって1円なり募金するというものだ。

私がクリック募金を嫌いなのは
  • 自分の財布には一切、手をつけない
  • 即効性がない
  • 企業の社会貢献の肩代わりをしているだけ
という理由からだ。

クリック募金を否定しているわけではない。
ビジネスモデルとしては悪くない考え方かもしれない。
企業の社会貢献は、募金をするということ以上に、寄付をする必要のある対象を社会に広く知らせることにあると考えられるからだ。
ユーザーは、企業HPや企業を協賛とした代理のHPを見る事によって、世の中で寄付を必要としている事象に触れることができる。

私が言いたいのは、
本当にあなたにできることはクリックなのかということだ。
クリックして1円募金した気になって一善を果たしたと満足することを愚弄したいのではなく、
事実として、募金をしたのは企業であり、あなたはただクリックをしただけだということを理解しているのか疑問だということだ。

正しく理解しているクリック募金者はこうだ。
すなわち、クリックという行為によって企業の広告塔となり、かつ寄付する対象へ少し理解を進めたといことだ。
しかし、このように理解している者は意外に少ないように思うのだ。
なぜなら、寄付する対象へ理解を進めたのであれば、そのこと自体を広く発信すればよいのであるが、多くは「クリック募金」を紹介するに留まることが多いからだ。
もちろん、直接募金もしているが、募金をしていることを人にはいわない(控える)日本人の特性もあるだろう。実際に行動しつつ、かつクリック募金も行っているのだという者も多くいるだろう。ただ、それは日本人の心理をとらえたビジネスモデルにのっかったという消極的な行為であり、クリックそのものができることという理由としては不十分に思う。

私の提案は、
  • 1円でも自分で募金してほしい
  • 売り上げの一部を寄付に回すという企業の商品を買う、フェアトレードの商品を買うなど、より経済的・人道的なものにも目を向けてはどうだろうか
  • クリック募金を紹介するよりも、寄付対象について広く知らせてはどうだろうか
という3点である。

「きらい」という感情表現でキャッチしたが、懐疑的であるというのが実際のところ。
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    コメント
    同感です。クリック募金とは、募金される額はクリックする一般人次第。時間、量。未知数になります。まず、シェアされ続けることにより発信源はわかりません。また、シェアし続けるシステム。イイね50の段階でシェアするとして、シェアした人の人脈が凄まじい場合、シェアされた人のイイねは50のまま。シェアした方のイイねは100とします。この流れで同じ記事が無限にシェアされ続け、結果支援団体はその無限にも等しく増えた同じ記事のどこを評価するのでしょうか。シェアされた量が少ない記事、シェア、またはイイねなどの評価が以上に高かった時、団体はどちらを選ぶのでしょうか。自分はクリック募金へ不満の念を抱いています。人の命の危険を利用して偽善者を増やしているようにしか見えないのですが。
    • なかた
    • 2012/09/11 9:01 PM
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