総合は領域学習ではない

総合的な学習の時間を領域学習だとずいぶん誤解を受けています。
これは、現場の教員にとっても然りです。

横浜の場合、ベースカリキュラムを作成したので、余計そういうものだと判断させることに拍車をかけています。
しかし、これは総合敗北宣言をさけるための横浜の妥協点だったということを忘れないでほしいのです。
例に挙げられる領域は、どれも社会的な課題をはらんでおり、多少なりとも問題にふれられるのではないかということ、また最悪問題解決学習になりえなくてもそれら領域への知識を獲得することは大切であるという保険がきくことが妥協点なのだと個人的に解釈しています。


それにしても、総合においては「体験(的)活動」という言葉を使わないようにしてみたらどうかと思います。
体験いれればいいとか、体験しておわりとか、そんな安易に受け取られてしまうからです。
そこに問題解決とか追究とかが全然見られません。。

体験を通して学ぶことは確かにたくさんある。
正直言って教師に学習材への教育的価値など認識がなくても、上述の通り、子どもに残るものは多少あると考えます。
ただそれは単に「学校でその領域を知る機会を与える」というだけのレベルであり、指導ではありません。すなわち、授業時間をとってまでやれるものとはいえないと私は思います。

食文化,国際理解,環境,福祉,キャリアなど領域は、あくまでも単元材の例であり、それそのものを学習させるのが総合的な学習の時間のねらいではありません。
その領域は国際社会で日本人が生きていきていくために必要な資質を備えるための社会的要請があるというだけであり、あくまでも問題解決の資質や能力を養うことが目的です。

10年後、20年後の社会的要請は変わっているかもしれません。
(もちろん、先にあげた領域は長長期的に私たち人間に突きつけられた問題にないますが)
大事なのは、自分がやりたいこと、私たちがよりよく生きることを実現できる力をつけること。
ここに決められた方法など存在しないのです。

自分だけでなく、プロジェクトメンバーと力を合わせて解決していくような、集団の中で協調協力していく方法は教える必要があると考えますが、いずれにしても、総合的な学習の時間は領域学習ではないことを今一度訴えたく、Twitterでつぶやくだけでなく、ブログ記事にしておきます。

領域学習<方法学習<問題解決学習

こんなイメージです。


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