子どもの学習カードは誰のため

 

小学校では、絵日記や観察カードのようなものをよく書きます。

 

そして、よくそれが教室に掲示されています。

 

私は、教室掲示をあまりしません。

子どもたちが「見る」ことで、学習のたすけになる。

と、ねらいがはっきりしているときと、

たまに学校に足を運んでくれる保護者が、自分の子どもの学習の様子をうかがえる。

という場合に限ります。

 

教室内が掲示物でにぎやかだったら、気持ちもにぎやかになるでしょうから

そういうクラスがあることを別に否定はしません。

 

ただ学習カードに限っていえば、もともとは子ども一人ひとりの記録なわけですから、それを並べて見せることは

・学習中にすぐに自分の記録を参照できなくなる。

・比べなくてよい自分なりの表現を、友達と並べて見栄えで評価したりされたりするおそれがある。

というデメリットもあることを、きちんと認識しておいて欲しいと思います。

 

観察カードは、国語や理科の学習の中で、学年に応じた「何が」「どのように」などを記録する方法を指導します。

子どもにしてみれば、別にそれにしばられる必要はありませんが、そうやって方法を学ぶ時間を通過することで観察力とそれを記録し思考を整理する力は伸びるでしょう。

 

生活科の学習でも、野菜を育てる活動などでカードをかきます。

私だけで学習カードを作る場合は、無地・罫線・半分無地で半分罫線の3種類は用意します。

3年生から理科の学習が始まりますが、2年生までの生活科の観察カードはまだまだ「何でもあり」なんです。

見たことを書いてもよいし、日記のようにしたことを書いてもよい。さらに言えば、野菜へ伝えたい言葉を書いてもよいのです。

色・形・大きさなどの特徴を意識して観察しておく(記録しておく)と、変化に気付いたときにより思考・感動します。

だからある程度声かけで書く内容を促しはします。

でも、何を記録するかは、子ども個人の自由なんです。

だから子どもが書いているときに机間巡視をして、子どもと話をして、話してくれたことがまだ記録されていなかったら「こうやってかいてみたら」とおすすめしたりするのです。

 

字が苦手な子に、無理に文章をたくさん書かせようとすれば、せっかく体験して感動したことを台無しにしかねないのです。

また、絵の苦手な子に、精細な絵を求めるのも同じことです。

「記録」だけが目的、なんてことありませんよね。

 

保護者の方は、自分の子どもの観察カードを見たとき、他の子よりも文章が少なかったり、絵が書かれていなかったりすると、それをマイナスに受け取りがちなんです。

ですから、今日この記事に書いていることは、知っておいて欲しいことです。

ほとんど文章が書けていなくても、実に絵が豊かなことがあるじゃないですか。

また、絵も文章も雑だったら、子どもにカードのことではなくその日の体験について語り合えばいいんじゃないでしょうか。

体験したことがつまらなかったらそれまでですけれど、もしそうでないのでしたら、語り合うことでその子の心にはしっかりと記憶されますよ。

 

「体験を共有するパートナー」と「学習方法を伸ばす教え手」を、上手に使い分ける。

子どもに寄り添うというのは、そういう振る舞いを認識しておくとよいのだと思います。

 

JUGEMテーマ:学力

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