校内研究に理論はどれだけ必要か

どういうわけだか、研究推進委員長をずっと仰せつかっている私。

この役って、どういう人間が適任とされているのだろうかと、いつも不思議に思っています。

授業がうまい人?

物書きができる人?

面倒見がよい人?

どれかに秀でている人がなるかもしれませんし、全体的にバランスがよい人がなるかもしれません。

外面が気になるなら、授業はそれなりにうまくないといけないでしょうし、何より物書きができないといけないでしょう。

でも、校内だけ見たら、面倒見がよいっていうのはとても大事だと思います。

まあ、授業下手な人についてはいかないでしょうけれど。。。

 

 

校内研究については、ずっと立場を担ってきた分もあってか、いろいろと思うところがあります。

 

私が常々おかしいなと思っていることは「研究が深まる」という言葉です。

たとえば学習指導要領にある文言を読み解いて、自分たちで実践におとしていき、目標と子どもの姿に実感をもつことはあるでしょう。でも、それなら学習指導要領をよ〜く読んでいけばよいのだと思います。指導要領を読み合って、一緒に授業を作っていけばよいのです。校内でわざわざ似たような言葉でオリジナリティを出したかのようにして、「本校の研究」とする意味がわかりません。

そして、「はっきりしていく」ことを「研究が深まる」という言葉で表現すること自体、変だなと思います。

 

 

私は学習指導要領に書かれていることは、とても大切だと思っていますし、だからこそよく読んで授業づくりに生かしたいと思います。で、先日の「成長単元」じゃないですけれど、私なら学習指導要領をこえる部分にも思いがあります。

もしそこに校長の信念があったり、(まだまだとても難しいことですけれど)地域みんなで願っている特色ある教育があったりするならば、そこはスポットとなりえます。「研究を深める」ってこともあるかもしれません。

ただ、「研究が深まる」のであれば、年を重ねるたびに子どもがどんどんすごいことになるってことになりませんか。

まさか「人が変わるから、そうとはならない」なんていいませんよね。そんなのなら、そもそも研究じゃありません。

 

確かに、学校の経営方針が骨太で、しっかりするほどに年々学校の子どもの姿が明らかによくなっていくことはあります。

これは実感としても感じたことがあります。

ただ、だとすれば深まる一方なはずがなく、年によっては浅くなることもあるのでしょう。

浮き沈みするってことでしょうか。であればやっぱり「研究」ってなんなのだろうってなります。

 

私は、校内研究の目的は、同じ子どもを見て、先生たちが「この子たちをこんな子に育てたい」という思いを共有して、様々なアプローチを試みながらその願いを実現していくことにあると思っています。

ですから、理論とか手法とか、正直二の次なんです。

自分の研鑽として、自分の授業作りの幅を広げることは大事です。

講師の先生に教えてもらうことでいつも心が動くのは、手法や指導のことじゃなくて、「子どもの見方」です。

ああ、なるほど、そうやって子どものことをみていくのか、うけとめていくのか、つなげていくのかと。

 

いろいろなセオリーを話されることもあります。

で、指導案検討のたびに、「こういうのはよくない」とか「こういうアプローチで」みたいなこと話し合うんです。

もちろん、授業者がよい授業ができて、子どもの育ちを実感できて、もっともっと子どもと一緒に学びを作っていく楽しさを求めていけるようにしたいと思いますから、失敗のないようにと話すことはいろいろとあると思います。

でも、そこに尽きるんです。だから、手法とかにしばって授業を見ようとしたら、その先生のよさを見ないことにもなりかねないし、自分がその先生から学ぶ機会をも失いかねないのです。

 

授業者が町田なら、町田節を見せればいいんだと思うんですね。

「あの業は、町田先生だからできるのであって。」

ということになるかもしれませんよ。

でも、自分に取り込めることはきっとあるでしょうし、少なくとも自分を省みることで自分の業ってなんだろうという意識をもつこと、発見することにつながるんじゃないでしょうか。

 

どの子にも通用するような授業づくり(展開や発問・板書が決まっている)なんてものはない、というのが私のスタンス。

多くの人がそこに共感してくれるなら、

じゃあ、どうして先生にもそれを適用しないのでしょうか。

20年以上生きてきた人間の背景なんて、ほんと全然ちがいますよ。

教育に携わるからには、そして同じ子どもを育てるからには、価値観をすり合わせていくことは絶対必要。

でも、その人の思考回路をしばるのはおかしいし、その人の持ち味にふれる機会を放棄するなんてあまりに勿体無い。

 

若手の先生は、とても低姿勢に教えを請うてきますし、自分のものにしようと努力もしています。

それは素晴らしいことですが、いつも言っているのは、「もっと自分らしさを出しな」ってことです。

子どもの人権を尊重できているという前提さえしっかりあれば、授業スタイルはその人の持ち味を見てみたくて仕方ありません。

 

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