子どもの家事分担

 

小学1年生の生活科で、いわゆる「家族単元」をやっているのですが、

我が家のことと照らし合わせると、ちょっとした矛盾を感じていたりします。

 

この単元は決して「お手伝い名人」になることが目標ではありません。

家族と自分とのかかわりを見つめることや、自分の役割が家族の中にあることを実感することで、自尊感情を高めるとともに、生活の自立を目指しているものです。

ですが、家庭生活の動機付けとして「お手伝い」はとっつきやすく、単元の過程において子どもたちが取り組んでいきます。

(その後に「自分でできることは自分でする」ことも家族にとっても自分にとっても大事であることに気付いていきます。)

 

さて、

では「お手伝い」とはいったいなんでしょう。

家族の誰かがやっていることに手が足りず、そこを手助けすることが「お手伝い」と呼ぶのが正しいでしょう。

すなわち「家事を分担すること」とイコールではないのだと、私は思います。

 

家族みんなが気持ちよく生活していく上で必要な仕事。家族の誰でもできるが誰かがしなければならない仕事。

子どもも家族の一員ですから、家事を担うのは、いわば当然のことです。

別に家事の一つをこなしたことで、必要以上にもてはやすことではありません。

でも、たとえ夫婦であってもお互いがこなしている家事について「ありがとう」など謝意を示すことはよいこと。

当たり前の中に気持ちをおけてこそ、よい関係が築けるもの。

 

実悠は、洗濯物をたたむのが家事分担です。週末だけですけれどね。

自分のやりたい遊びがいろいろとあるし、たくさんあると億劫に感じるので、もっぱらいやいやな雰囲気を出しています。

ですが、

私が洗濯物を一緒にたたんだり、少したたんでおいてあげたりすると、

「お父さん、洗濯物たたむの手伝ってくれてありがとうございます!」

というのです。

この言葉に、家事分担の自覚があるのだと感じずにはいられません。

 

「お手伝い」と「家事」はイコールではありません。

だから、親も家事をするし、子どもも家事をする。

だから、子どもも親の手伝いをするし、親も子どもの手伝いをするんですね。

 

0

    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    小学生発!Pray for Japan

    search this site.

    profile

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recent trackback

    Twitter

    ブクログ

    links

    recommend

    others

    mobile

    qrcode