どこかが病んでいるという感覚

これを書いている時点で、ある種の矛盾を指摘されそうですが、
ブログという、ちゃんと自分を記録する手段をもっているのですから、やはりどうにか記録しておこうと思います。

今の私の仕事とか、職場の環境とかは、とくに関係がない話だと思います。
日本の抱える社会病理なのかどうか、それとも個人に帰する問題なのかどうか。

今、思い立ったことではありませんが、今日もタイトルにある感覚にフラっとしたので、文章にしておくのです。


私の大好きなさねくん。
さねくんは、本当にかわいい。
一緒にいると幸せです。

ですが、今日の午前中、
「ああ、さねくんを外へ遊びに連れて行ってあげないと。」
と思ったのです。


我が家に第2子が誕生し、4人家族になり、幸せこの上ないはずなのに。
家事と育児で1日の全てが終わる。
この1日にどっと疲れているのなら、きっと幸せなことでしょう。
一方、周囲に気を遣っていただきながらも、仕事はたまる一方。
終わらない、片付かない、片付けられない仕事のことで頭がいっぱいになっていて、胃も痛ければ頭も痛い。

で、こんな思い方をしてしまったのでしょう。

「さあ、さねくんを外へ遊びに連れて行こう!」
ではなくって。


子をもつ親が、必ず通過する状況だとか、感情だとか言えば、それだけの話です。
なんのジレンマもない生き方なんてありませんから、別に大それた話でもないといえばそうでしょう。
病んでるとか、何かのせいにしているようで、実はただの「欲」でしかないという考えもあるでしょう。

でも、ただ私は、ふと、
自分の子どもを満足に育てることに負い目を感じている自分
に気付き、「どこかが病んでいる」という感覚におそわれたのです。
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