快晴の休日は気持ちがよい

昨晩、ゆりちゃんが熱を出し、心配しました。

でも今朝にはよくなっている感じ。元気そのもの。

水曜日くらいからちょっとおかしい感じはあったのですが、昨晩がピークであることを祈ります。

 

さて、休日の午前中は、たいてい近所の公園に行きます。

10時前だと、ほとんど誰もいません。

みんなゆっくりなんですね。

 

広い公園を、兄と妹で独占して、木陰に入って何やら楽しそう。

やっぱりさくらんぼを集めている様子。

 

 

ヘリコプターを見つけ、手をふりながら一生懸命追いかけるゆりつみなのでありました。

(遭難はしていません)

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    きょうだいを育てるということ

    ブログの更新をさぼると、

    「めったに更新されないブログが更新されたとなると、そりゃあたいそうな記事があがってきてるんだろうな。」

    とお思いになられるにちがいない。

    そう思うとどんどん更新ができなくなってくるものです。

     

     

    ここ最近、子どもたち二人とも、なかなか寝付いてくれません。

    本を2冊読み聞かせて「はい、おやすみなさい。」と消灯しても、そこからねばるねばる。

    優律実はお母さんの首元あたりにのっかりごろごろするという、おそろしいプロレス技をかけてくるし、

    実悠はいつまでたってもくすくす笑っていたり、はたまた「保育園行きたくない」とめそめそしたり。

    消灯してから30分では、すまない日々です。

     

    ・・・と言っても、ほとんど寝かしつけは奥さんにやってもらっていますけどね。

    (私はその間に洗濯物を干す。子どもが寝たら奥さんを起こす。そういう分担。)

     

     

    今日は、大事な来客もあったからなのか、めずらしく優律実が就寝の支度をしているうちに、気づいたら寝ていました。

     

    実悠はというと、「お腹が痛い。」と眉毛がへの字になっています。

    排便のリズムがうまくとれていないのが原因なのか、

    メンタルなのかが今ひとつわからないのですが、悲しそうな顔をすることも多い実悠です。

     

    一緒に「うんち出る出る体操」(私が適当に考案)をしたり、お腹をゆっくりさすってあげたりしたものの、

    残念ながらうんちは出ませんでした。

     

    でも、いっときではありますが、久しぶりにお父さんお母さんを独占して、ちょっと心穏やかな顔になりました。

    ベッドでは、右手はお母さん、左手はお父さんと握り、眠りに入った実悠でした。

    実悠はこういうとき、恋人つなぎ(指を一本ずつ組む握り方)をします。こちらもとっても愛おしくなります。

     

     

    私は(妻もぜったい)、子育てすることをこの上なく幸せに感じています。

    でも、他のご家庭と同じように、やはり悩みは尽きません。

     

    仕事では、

    「同じ親が同じ家で育てているのに、兄弟で全然違う性格なんで不思議です。」

    という保護者の言葉をよく耳にしますが、我が家も同じ。

     

    でも、子育てしてみてよく分かったのは、

    「人は、生まれもって一人ひとりがちがう」

    ということ。当たり前に聞こえますが、本当にそうです。

    環境やしつけだけで子どもの性格が決まるなんてことは、思い上がりとも言えるんですね。

    30〜40人を相手に教育している私が言うと矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、

    一人ひとりの個性を尊重して、そこに寄り添いながら育てる

    ということがどれだけ「大事か」ではなく「自然なことか」をつくづく感じるのであります。

     

     

    優律実は、あと2ヶ月ほどで2歳になります。

    今、言語が爆発的に発達してくる時期で、毎日のように「言葉が通じる喜び」を感じながら、言葉数が増えてきています。

    できることも日々増えて、「できたね。」「すごいね。」と賞賛を受けています。

     

    一方、実悠は4歳になりました。

    音楽センスは抜群、絵もとっても上手。挨拶がしっかりできるようになってきたり、交通安全をしっかり意識できるようになってきたりと、個性を発揮しながらもやはり同時に日々成長を見せています。

    ただ、妹よりも着替えや食事が遅かったり、傍若無人な妹に悩まされたり、お母さんの言うこと全てに「でも」と反対してみたりといろいろと難しい場面があります。

     

    「自分は赤ちゃんじゃない」という意識と、「4歳はかっこいい」という意識があって、自立への意欲はしっかりともっているのですが、

    空回りすることや、それでもやっぱり目の前の妹のようにしていたいという気持ちも併せ持っているのです。

     

    絶対的な愛情を受けていれば、一人ひとりは自信をもって生活し成長できる

    という理屈もよく耳にしますが、こればっかりは「そうだろうか」と思います。

    真実であったとしても、ほとんどのご家庭でも同じように「そうだろうか」と現実的には悩まれているに違いないでしょう。

     

    満たされていそうな優律実でさえ、お兄ちゃんが何かしてもらっていれば、全力で親を独占しようとしたりするんです。

    子どもは子どもなりに、(即時的な)相対的な愛情を感じているのだと思います。

    真実がどこにあったとしても、それよりも大事なのは、子どもが愛を感じながら成長できることだと思います。

     

    今日で今年度はおしまい。

    明日から、2人とも一学年進級です。

     

    親としての振る舞いを(毎晩考えてはいるものの)、改めて考える今日でありました。

     

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      生活上、必要な行動の優先順位が高いという認識

      やりたいか、やりたくないか。

      それだけしか判断の基準がないとしたら、
      「ご飯を食べる」
      ことと
      「積み木をする」
      ことに対する優先順位は、その時の空腹感で決まるでしょう。

      親には、子どもにやらせたいことが色々とあります。
      2歳8ヶ月の実悠と妻のやり取りを見ていて、ふと思いました。

      親のやらせたいことは、子どもにとってみると「親がやりたいこと」という認識であるということ。
      だから、自分のやりたいことと、親のやりたいこととがしばしば対立します。

      「お母さん、これ読んで。」
      「まず、服を着て。」
      「いや、まずこれを読むの。」
      「いやいや、まず服を着るの。」

      こういう押し問答です。


      もちろんこのままだと平行線で、
      子どもは泣きわめくにいたり、母親は怒りにいたるわけです。
      どちらかが折れるまで終わりません。

      まあ、大人の方が強いわけですから、子どもが折れることの方が多いでしょう。


      こういうのは、生活上必要な行動が含まれているから、仕方ないことも多いのですが、
      この経験だけだと、子どもにとっては意味がよくわからないのです。
      なんか、いつもお母さんの「やりたいこと」ばかり聞いているなあ、みたいな。


      なので、本当に時間的にも生活上必要な行動の方が優先されることを見極めて、
      フィフティフィフティにやりたいことを聞き合う風にするのがいいんじゃないかと思ったのです。



      私はというと、「折れる」ということよりも、約束や宣言の方が有効に働いているなと感じます。
      例えば、本を読んであげるのと、服を着替えさせるのとでは、さほど差し迫っている行動ではありませんので、
      「いいよ。じゃあ、これ読み終わったら、パッと着替えようね。いいですか?」
      みたいに聞きます。もちろん、はいと言うまでは読みません。

      トイレとかご飯とか、保育園に行く時間とか、意外と生活上どうしても優先されることって多くありません。
      こちらがやってあげられないといった、親都合のことの方が多いです。

      生活上、必要な行動の優先順位が高いという認識は、
      そちらの方が結果的にみて得策であるということの方が多いために
      もう少し見通しがもてる年齢になってからの経験値が必要なのかもしれないと思ったのでありました。
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        概念理解のしやすさと関心度との関係

        概念理解というのは、人が知識を体系づけていくのに必要な発達です。
        思考力も、もちろん概念理解に大きく依存しています。

        これは研究がたくさんなされていることでしょうから、文献に当たればおおよそどの年齢ではどのくらいの概念理解ができるかなどは分かるでしょう。

        概念形成のプロセスにはいろいろとあります。

        科学的概念形成と言ったら、対象を観察していく中で同じ特徴が見られるものを分類していく方法が考えられるかもしれません。
        この場合、どれくらい対象を観察する能力や手段があるかということに依存するでしょう。
        したがって、概念形成の発達段階というよりは、観察力の発達段階と言えるかもしれません。
        もちろん、手段の保障からして、環境にも依存することでしょう。

        言語的概念形成はどうでしょうか。
        本物のりんごを見て「りんご」と言える。
        本物のりんごを見て「りんご」と書いたカードを選べる。
        その逆も然り。
        あるいは、「りんご」と書いたカードと「リンゴ」と書いたカードを組める。
        「りんご」と「Apple」を組める。
        対象と言語を一致させることは、生活の中で必要のなるか否かが影響していそうであり、名詞よりも動詞の方が理解されやすいかもしれません。
        生理的欲求を訴える手段として言語を用いることは、「まんま」のように低年齢から確立していると言えます。
        ただ、対象と言語を一致させていくのは、頻度の他にも
        フィードバックがどれだけあるか(例えば親がその言葉を動作や対象と合わせてどれだけ聞かせたり見せたりしているか)や
        そもそも認識しやすい形状かといったように、先の科学的概念形成と関連づいたものが出てくると考えられます。

        また、上位・下位概念形成についてはどうでしょう。
        どこに基本を置くかもありますが、
        植物ー果物ーりんご
        のような階層構造のものです。
        一般的に上位概念の方が抽象度が高いために、理解するのは後であると考えられますが、
        そうとも言えないこともあるのではと考えます。
        それは科学的概念理解とも関連づいていて、上位の方が特徴が大雑把なくくりであるために逆に捉えやすい場面があるのではないかということです。
        もちろん、ここには(現在体系づいている概念と照らし合わせれば)誤認となるようなものも含まれてきてしまうでしょう。
        でも、概念形成のプロセスの中では、それが自然ではないかということです。

        また、上位・下位概念形成でそもそも大事なのは、「どの抽象度で理解できるか」より、「どちらが上位か(下位か)」の理解でしょう。
        植物ー野菜ーレタス
        と他の階層構造とを比較して、「植物ー野菜ーりんご」とならないというだけでなく、「野菜も果物も、植物」というような概念事例の概念化を図るプロセスです。

        さて、これは科学的に行っているでしょうか、それとも言語的に行っているでしょうか。

        学校教育で「体験を重視する」というのは、体験(事例)と知識を関連づけていく作業を大事にしているとも言えます。
        (すべてがそれに当てはまるわけではないかもしれませんが)
        興味関心のあるものほど、体験は充実しますから、体験中の気づきは多く得られます。
        しかしながら、それだけで概念理解を促したとは言えなかったり、あるいは意図した知識体系へ落としていくことはできなかったりするのではないかと思います。

        「本物体験をさせればOK」
        「興味関心のあることで、本気になり、繰り返し関わることを保障すれば気付きは深まる」
        というのは、
        概念理解
        という視点から検討すると、どうであろうかということです。


        どう思いますか。

        私、「気付きの深まり」ってやっぱり簡単に使っちゃいけない気もしてきています。
        どういう状態が「深まった」と評価するのか、そこに落とし穴がないかどうかと。


        小難しそうに書いてきましたが、
        この記事のカテゴリが「教育」ではなく「子育て」であるとおり、
        実は、これ、実悠くんの様子から考えたことなんです。

        学校で、言語における概念理解のチェックと向上をここのところやっているんですけど、
        ちょっと2歳半の我が子にもやってみようと思ったのです。

        お風呂の中で
        「さねくん、くだものは、何がある?」
        と聞くと
        「ん?う〜んとねえ、ぶどう!」
        と答えました。
        以下、
        「他には?」
        「う〜ん、バナナ!」
        のようなやり取りがありました。

        「じゃあ、虫は?虫には、何がある?」
        と聞くと、てんとう虫やカブトムシ、セミなどを答えました。

        いずれも日頃食べているものや、実際に見たり触ったりしたものです。
        2歳半でもこういう理解があるのかと感心したのですが、

        果物よりも虫よりも、はるかに興味関心の高い
        「車」
        について聞きました。
        すると、さねくんは
        「くるまはね〜、動くの。」
        と答えたのです。
        果物や虫と同じように「車には何がある?」という聞き方だったのですが、さねくんは車の特徴というか、自分が車が好きな理由のようなものを語ったのです。
        「ぱ、ぱ、(小さい声で)ぱと、パトカー、、ね?」
        「あとは、キュ、キュ、、救急車、ね?」
        のように車には何があるかを尋ねていることがわかるように、答えをいくつか促してみて、その後もう一度
        「車には何がある?」
        と聞いてみたのですが、やはり答えは、
        「くるまはね〜、動くの。」
        でした。

        要するに、さねくんにとって、車はどれも一つ一つが好きであって、「一緒くたになんてするな」ってことなのかもしれません。
        「世界に一つだけの花」が頭の中を流れてきましたよ。

        その後、妻と話をしたら、「車」ではなく「乗り物」で聞いてみたら答えられたのではないかという話になりました。
        確かにそうかもしれません。

        まあ、関心度が高すぎると、概念理解というか概念把握はむしろ難しくなるかもしれない
        という逆説を抱いたのでありました。

        ちゃんちゃん!
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          川崎病かもと言われて

          今週の勤務は月曜日から土曜日まであり、また、成績処理のクライマックスでもあり、長い長い1週間でした。
          ヘトヘトです。


          さて、今週も我が家では色々とありました。
          さねくんが、熱を出してなかなか下がらなかったのです。

          呼吸の調子も悪い感じがしたので、病院に行ったのですが、
          金曜日、「川崎病かもしれない。」という話になって、土曜日に再受診することになりました。
          結果、そうではないようで一安心。

          ぐったりしていたし、毎晩うなされていて辛そうだったさねくんが一番かわいそうだったのですが、
          私も妻も今週はほとんど寝た気がしません。(気ではなく、寝てないとも・・・)

          川崎病だった場合、1週間は入院になると言われました。


          仕事上、多くの子どもと関わってきているので、「川崎病」自体は知っていました。
          横浜近辺に住んでいる人が、初めてこの病名を聞くと99パーセントは川崎市と関係があるのかと思ってしまうのではないでしょうか。
          私が初めてこの病名を知ったのは、大学2年生の時でしたが、そう思いました。

          発見者の名前が付いたのだということ、
          原因がはっきりしていないということ
          くらいを、その時に調べました。

          で、今週こんなことがあるまで、実際その程度の知識だったのです。
          もちろん私は医者ではありませんから、症状を詳しく知っていたところでどうということではないのですが。


          我が子のこととなると、真っ先に「死ぬ病気なのか否か」というところに関心が行きます。
          風邪だってこじらせて肺炎になったりするから、この問いは愚問とも言えるのですが、答え云々より、そういうこと心配してしまいますよ。

          もちろん、「川崎病」でググれば、死亡率みたいなものも出てきます。
          これが何パーセントだと心配になるかは、個人の感覚の問題です。

          私の個人的な感覚では、死亡率で不安が増幅することはありませんでしたが、
          それよりも入院したとなると、1週間あるいはそれ以上の入院生活で、さねくんにかなりの精神ダメージがあるだろうということでした。一生の記憶に残るような、人格形成の一部に影響をしてしまうくらいの影響があるのではないかと。


          私は、2歳と3歳の時に、斜視の手術で2回入院をしています。
          幸い、記憶はほとんどないのですが、自分の体に長い管の注射(点滴でしょう)が刺さっていて泣いている絵は記憶にあります。
          (それが、実際に書いた絵なのか、自分の記憶の中の映像なのかは、今では定かではありません)
          病室で母親がいて、「帰る時間がどうの。」という話をしていた記憶もちょびっとだけあります。
          母親が夜には帰ったということなのか、他の家族が帰る時間だということだったのかまでは覚えていません。
          書いていて、病院の売店で飲み物か何かを買ってもらった記憶も少し出てきました。

          ちょうど我が子が、同じ年齢なのだと思うと複雑な気持ちになります。
          斜視は病気ではありませんから、死ぬみたいな不安とかなかったとは思いますが、
          それでも全身麻酔するとか、入院して親と離れる時間があることなどは、いろいろ考えたかもしれません。

          不安はつきませんね。
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            同じこと?延長線上?それともステップアップ?

            実悠くんは、もうすぐ2歳半になります。
            なんだかすっかり子育てブログ化していますねハート


            相変わらず、日々言葉が上手になっていきます。
            こちらが言うこともよく分かるし、話す語彙も増えています。
            言い間違えたことに気づいて、照れる姿なんかもあります。


            さて、お風呂に入って、歯を磨いて、いつもは
            「お父さん、一緒に寝ようね〜。じゃあ、行こうか。」
            といって手をつないでくるさねくん。

            今日は、私が支度をしているうちに先に寝室に行きました。
            (そういう日もあります)

            真っ暗な寝室で、さねくんを探すと、枕元においてあるお茶を飲んでいました。
            「ああ、いたいた。お茶飲んでたの?」
            と私。

            すると、
            「お茶飲みながら、『お父さん来ないかなあ』って思ってたんだぁ。」
            とさねくん。


            これを聞いて、「へぇ〜。」っと思ったのです。
            もちろん2歳でも(もっともっと小さくても)意思はあって、あれしたいとか、こうなってほしいとか思っているわけです。
            でも、なんかこの表現は、これまでのそれとはちょっと違う段階ではないかなと思いました。

            うまく言えないんですけれど、
            つまり、心の中で言葉を使って考えられるようになっているということです。

            お茶飲みたいとか、お父さんと一緒に行きたいとか、いろんな欲求はありますが、
            それは言葉にならなくても思えるというか、沸き起こってすぐに言葉にするというか。


            言語を、欲求をかなえるために使うものというだけではないものにしているということ。
            自分の行動を決定したり、自分の行動を反省したりなど、自分を築いていく過程として言語を使い始めているのではないかということ。


            「思っていること・考えていることを表現する」というのは、おもしろいとかたのしいとかすごいとか、そんなこともそうですけれど、もっと違うかんじがします。

            「こう思っている」と人に伝えるその目的はなんでしょうか。
            さねくんは、そう伝えたのでしょうか。
            「お父さんが来てくれたから嬉しいんだよ。」という意味を込めていたということでしょうか。



            JUGEMテーマ:子育て
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              夏季休暇 2015

              横浜市では、昨年度より学校閉庁日というのを設けるようになりました。
              教職員の業務負担が増す中、学校稼働日に超過勤務を減らすことが難しく、せめて夏休みはちゃんと取ろうという趣旨だったように思います。

              学校によって、1〜2週間閉庁するとのこと。
              まあ、実際は動植物の世話があるので完全閉庁はできないのですけれどね。

              閉庁期間は、裏を返せば「仕事にくるな」ということですから、ここで夏季休暇をいただくことになります。
              帰省がない私にとってみれば、8月第1週か第2週のいずれかが閉庁になっても構わないのですが、ひょっとすると閉庁期間が決まることでかえって夏の仕事やプライベートを決めづらくなる職員もいるのかもしれません。

              私の勤務校は8月3日から1週間が閉庁期間でしたので、そこに合わせて夏季休暇をいただきました。
              (横浜市の教員は、夏季休暇が5日分あります。半日単位で10コマ分とることができます。)

              それ以外、年休は学校の実態によって取りやすかったりそうでなかったりしますね。
              ふだんはよっぽどの病気や看護以外で年休など取れませんから、夏に数日取れたらありがたいです。

              私はというと、以前は年休をとるといえば1月4日、5日でした。(スキー)
              夏休み中は、やることが多くて夏季休暇を消化するのもやっとだったこともありました。

              でも、子どもが生まれてからは積極的に休みをとるようになりました。
              我が子といる時間は、何にもかえがたい、すばらしい時間です。



              こうやって我が子と一緒にいる時間が長くとれればとれるほど、今度は離れがたくなるのですよね。
              親離れよりも、子離れの方が大変です。
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                さねくん、一人社会科見学をするの巻



                今日は定時退庁をしました。
                ここのところ、さねくんを公園に連れて行けていないので、すぐにお迎えに行きました。

                保育園と自宅との間には、あまり寄り道をするところがありません。
                なので、たいてい駅方面まで出ます。

                さねくんのお気に入りは、

                駅方面に向かうと、電車の高架線を電車が通るところが見られる(可能性がある)

                消防署に行き、救急車と消防車を鑑賞

                川へ行き、鯉や鳥と戯れる

                駅前ターミナルに行き、バスとタクシーを鑑賞

                高架線下で電車が通るのを待つ

                公園で遊ぶ

                といったコースです。
                日によって滑りたい滑り台が違うので、「公園で遊ぶ」が他と入れ替わることがありますが、だいたいこんな感じ。


                今日も、
                「消防車見たいの〜。」
                というリクエストから、消防署へ向かいました。

                途中、
                「自転車に乗っているから、今日は電車乗れないもんね〜。」
                という確認をしてくるさねくん。
                (以前、バスを見て「バス乗りたい」と言い出し、「今は自転車に乗っているからバスには乗れないよ」と言うと「乗れるよ!」と言い張ってきかなかったことあり。)

                消防署には、救急車の他、いろんなタイプの消防車が駐車してあります。
                その一つひとつを指差して
                「これは?」
                と聞いてくるさねくん。

                「これははしご車。」
                「これはポンプ車。」
                などと答えます。
                時折、
                「ちがうよ?これはしょうぼうしゃだよ!」
                という訂正が入ります。
                「これはね、消防車の中の、ポンプ車。消防車にはいろいろあるでしょ。ポンプ車もはしご車も消防車だよ。」
                などと話をします。
                「しょうぼうしゃのポンプ車だの〜?」
                などと、何やら考えるさねくんなのであります。

                さて、次は川へ行き、お魚さんをたくさん見て喜びました。


                さあ、次は滑り台っていうかなあ、と思っていると、
                「消防車見るの。」
                とさねくん。

                めずらしく、もう一度見たくなったらしい。
                というわけで、再び消防署へ。


                すると、広報車のようなミニバンの消防車が出ていくところで、その前に停めてあった救急車を一度外に出していました。
                目の前でゆっくり動く救急車をじ〜っと見るさねくん。

                隊員さんが
                「見てるの?」
                と聞いてきました。
                「そうです。好きなんです。」
                と答えました。

                ミニバンが出ていくと、救急車はバックして、元の位置に停車しました。
                「前にきてじっくり見てていいよ。」
                と声をかけてもらいました。

                近くで見ることにすると、
                隊員さんが何人もきて、シールと消防車のミニカーをくれました。
                そして、さねくんに
                「救急車と消防車、どっちが好き?」
                と尋ねる隊員さん。
                さねくん、
                「きゅうきゅうしゃ!」
                おお〜、昔はそうだったと思っていたけれど、最近は消防車消防車というから、消防車の方が好きなのだと思っていたのだけど。それとも何かうまいこと合わせたのか?!

                隊員さんは、続けて
                「救急車、乗ってみる?」
                と。
                さねくん、遠慮することなく
                「うん。」
                と返事。


                救急車の横から中に乗せてもらいました。
                若い隊員さんが中のことを少し説明してくださいました。
                さねくんは、おもむろに補助座席のようなところに座る始末。
                「そこは、隊長が座るところだよ。」
                と優しく教えてくださる隊員さん。

                わずかな時間でしたが、貴重な体験をさせていただきました。
                別れ際には、
                「またおいで。」
                と声をかけていただきました。
                いや、明日にでもまた来る可能性は高いのですが(毎度のコースなので)、いつも今日みたいなことをしてもらえると勘違いしないでね、さねくん。今日は特別の特別の特別なんだからね。と後で言って聞かせるのでありました。


                学校の子どもたちも、4年生社会科の学習などでよくよくお世話になるのですが、我が子も早々とお世話になりました。
                消防署は、さねくんと見に行くと隊員さんが近くにいらっしゃることがよくあり、いつも気持ちのよい挨拶をしてくれます。
                大人も、嬉しい気持ちになるのでありました。

                JUGEMテーマ:子育て
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                  さねくん、初の動物園

                  今日は1日年休をいただき、実悠デーにしました。
                  本当は、土日で家族3人最後の旅行に行こうと思っていたのですが、バタバタしているうちに行けずじまいだったのです。

                  近所の公園にピクニックに行くくらいのつもりだったのですが、
                  そういえば、さねくんを動物園に連れていってあげよう計画があったことを思い出し、急遽、野毛山動物園に行くことにしました。

                  絵本など、幼児のころには身の回りの品に動物があふれています。
                  でも、そんなに本物は見ることができません。
                  本物を見ると、また日頃の品々にも関心が行きそうです。

                  野毛山動物園には、ゾウがいないのですけれどね、なんと入園無料の市営動物園です。
                  今日は偶然にも年度内100万人来場達成の瞬間を見ました。
                  (入園無料で、どうやって人数カウントしているかは謎)

                  さねくんが一番くいついていたのは、ワニでした。
                  次がトラ。


                  思い返すと、自分も子どものころトラが一番好きだったなあ。




                  桜も8分咲きくらいでとてもきれいでした。
                  月曜日だったこと、動物園内ではなく公園の広場だったこともあってか、穴場のように空いていました。



                  最近は、数の概念もわかってきているようです。
                  1歳の頃から、数を数えるとか、カウントダウンはできるのですが、概念理解は多分していませんでした。
                  今日は、大好きな電車に乗っていたものの、だんだん動きたくなってきて、ベビーカーからもぞもぞ始めたので
                  「今は、磯子。」指折りしながら、「根岸、山手、石川町、関内、桜木町、あと5つだよ。」と駅ごとに教えていました。
                  すると、山手を過ぎると
                  「あと、みっつ。」
                  と言いました。

                  さねくんは、視覚優位というより、聴覚優位なんじゃないかなと思うことがよくあります。
                  耳で聞いたことをとてもよく理解できます。
                  言語だけでなく、数もずいぶんわかってきているのでしょうか。

                  ちなみに、今どうやって教えようかと考えているのは、時間の概念。
                  「あとで」のように、待つといった行動自体はわかってきているものの、「昨日」とか「今日」とかはまだ分かっていません。
                  絵本の力も大きいですけれど、やはり3歳までの親子の会話量(質もだけど)って、一生を左右するんじゃないかなとつくづく思うのでありました。
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                    言語発達がめざましい!

                    1歳9ヶ月のさねはるくん。

                    「おとうさん」が言えるようになってから1ヶ月半。
                    ここのところ言語発達がめざましいです。

                    はっきり何を言っているのか分かる言葉がたくさん出てきますし、
                    センテンスになることもあります。

                    私が横で教えた言葉はすぐにおうむ返しができますし、
                    響きとして面白い意味不明の単語と、物を表す単語の区別もつくようです。

                    所有者を表す「の」が使えるようになり、
                    あれこれ家のものを指さしては「とおさんのっ!」「かあさんのっ!」と言っています。
                    自分のことは、「さねはる」が難しいようで、「・・・くんの」と言っています。

                    「とうさん」のような、言葉の途中に出てくるサ行は言えるようですが、
                    語頭がサ行のものは、どうも言えない様子。
                    消防車も「ぼーぼーしゃ」ですし、新幹線は相変わらず「かんかんきー」ですから。
                    ラ行も難しいのですね。
                    りんごのことは「いんご」になります。
                    「いんご、おいしい?」と言います。

                    どういうわけか、食べ物と食べ物でない物との区別がつくようです。
                    おせち料理のカタログを見て「うわ〜、おいしそ〜」と言っています。
                    クール宅急便で届いたカニを見ても「かに、おいしそ〜」と。
                    蟹なんて、食べ物に見えるのでしょうか。不思議で仕方ありません。


                    最近は、描くことが好きです。
                    「とうさ〜ん、かきかき、する?」と誘ってきます。
                    忙しくて(ひどいっ)「しないよ。」と言っても、「する?する?」と言ってくるので、
                    誘うのとおねだりするのとの区別はまだもう少しの様子。

                    でも、今日は妻に「かあさん、あそぼ」と言っていました。
                    保育園の友達が「あそぼ」と言っているのかもしれません。


                    かと思いきや、適当なところは適当なまま。
                    「いただきます」はすごく早くから、手を合わせておじぎができるようになっていたのですが、今でも語尾の「す」しか言いませんし、「ごちそうさまでした」も「た」しか言いません。「ありがとう」も「と」です。
                    なんと!

                    あいさつできちんと言うのは「おはよ」だけですね。
                    最近は髪の毛をひっぱるのを少し控えてくれているようで、代わりに枕元をバンバン叩きます。
                    「とうさ〜ん、とうさ〜ん。」
                    目を開けると、「あ、とうさん、おきた。」
                    それから掛け布団を持ち上げて、「おきて、おきて〜。」
                    起き上がると、ベッドの下にあるスリッパを持ち上げて、「いっぱ、どうじょ〜。」
                    相変わらず、献身的なさねくんです。


                    言葉とは関係がないですが、
                    最近はお風呂で体も洗ってくれるようになりました。
                    ちゃんと石鹸をつけて、肩から背中にかけてなでなでしてくれます。

                    かわいいなあ。ああ、かわいい。
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