ゲームアプリとしては発展途上段階か 〜ポケモンGO〜

子どもたちの夏休みにあわせて配信開始されたポケモンGO。

海外で先にリリースされて、人気爆発したものだから、話題性の獲得はバッチリでしたね。

首相官邸での内閣官房長官記者会見では7月21日の午前、配信前にもポケモンGOに言及する場面がありました。

(開始5分後くらい。もちろん、記者から質問が出たからですけれど。)

 

海外での事故や事件がニュースで取り上げられたことから、注意喚起する動きも大きかったですし、

リリース後には、使用感のレビュー記事が多数アップされました。

ですから今さら私がこのブログで記事にすることもないかと思うのですが、

一応、視点をかえ(たつもりで)、雑感を述べます。

 

先にことわりを入れておくと、この記事は

ポケモンGOを否定するものでも、賞賛するものでもありません。

 

 

話題性の獲得には成功。それゆえの宿命が待ち受けている。

 話題性の獲得成功のゆえ、「危険を回避」にも一役買ったと言えます。

 リリース前から、他国の事件事故が報道されて注意喚起されていた分、日本全国で「転ばぬ先の杖」を出すことができました。

 反面、町中の人が「ポケモンGo」を知っているから、流行が一段落すると町中の人から「ああ、まだやってるのね」という冷ややかな目が浴びせられるようになり、一般ユーザーは人目がはばかられるので影をひそめるようになるでしょう。

 



事故の危険性は上がるか

 

 ポケモンGo特有のものは非常に少ないと考えます。

ょう。こういう表現はしてはいけないと思いますが、「歩きスマホ慣れ」していない、話題性にのっかって「ポケモンGoをやってみよう」とする人によって危険性が一時的に増すでしょう。

 (危険性がないのではありません。歩きスマホやめてくださいね。ポケモンGOによって増すわけではないということ。)

 スマホをずっと見ながら歩く必要はないですし、ヘビーユーザーは、あの専用グッズを使うことでしょう。

 

 ただ、ちょっと余談ですが、他の方のブログに「使い方が分かれば、スマホをずっと見ている必要はない。着信が来ないかとずっと画面を眺めているようなものだ」というような表現を読みましたが、これは正論でしかなく、実際はそういうものではないと私は考えています。

 どういうことかというと、子どもって、ゲームをしている友達の画面を見ているだけでも楽しいというタイプが結構いるんです。あるいは、好きな人に送ったメッセージの返信を待つときは、画面を見ないで音とか振動を待つってことをせずに、ずっと画面を見続けるものなんです。使い方がそれを必要としていなくても、人は無駄なことをするものです。

 

 

事件の危険性が上がるか

 ポケスポットで使えるルアーモジュールによって、多少の事件性が増すでしょう。

 ルアーにおびき寄せられるのはモンスターだけでなくゲームユーザーだからです。

 悪意ある、あるいは勢力争いなどで攻撃的なユーザーがルアーモジュールを使う可能性があるでしょう。ただし、特定数の人間だけをおびきだせるわけではないので、人が集まってしまう分、事件はおこしにくくなるとも言えます。

 ギャングのような集団が、他の勢力の人間に暴力をしようと考えてあらかじめ集まって使用するなどあるかもしれませんよ。

 

 つまり、気をつけられる判断材料は

・日頃の公園などの利用の仕方と同様、遅い時間帯や人気の少ない場所にむやみに近づかない。

・旅先など慣れない土地では、ルアーモジュールが使用されたポケスポットに気をつける。

ということです。ポケモンGOに特有の危機回避判断力ではありません。ただ、ゲームに熱中してその「当たり前」の危機回避判断力を鈍らせないことが大事なのです。

 

 

 今後追加される機能に「ポケモンの交換」が見通されています。

 これはちょっと危険な感じがしますね。

 

 

ゲームとしては発展途上段階か

 ゲームとしてできることが少なすぎます。

 「歩く」「ポケストップでアイテムをとる」「ポケモンを捕獲する」(「地味に育てる」)

 大半のユーザーはこの3つだけをやることになるでしょう。

 ジムでの勢力争いはヘビーユーザーに限られるでしょう。

 

 現時点でほぼほぼこれは個人ゲーであり、例えばアプリ内に友達とつながる機能が提供されるなどしないと、他の作業ゲーよりも早く飽きられてしまうと思います。地味に育てることも、ジムでの勢力争いに参加しなければ、明確な目的がありません。

 課金メインのオンラインゲームは、短いサイクルでイベントを行い、また課金をさそうキャラやアイテムを提供します。それをしないとなると、よほどうまくいくビジネスモデルがないと破綻してしまうことでしょう。

 廃課金ユーザーに支えてもらうことよりも、様々なリアル店舗などとの提携によって収入を得られるようにしていくのかもしれません。

 

 どのゲームアプリにも言えるかもしれませんが、長く愛されるものにしていくのは、ゲームユーザーにもかかっています。

 そもそもこのアプリは任天堂のゲームではありません。日本人ユーザーが楽しみたいゲーム感覚を伝えていくことも大事でしょう。

 

 さて、このゲームが発展していくとすると、どんなことが考えられるでしょうか。

 私はゲームにあまり詳しくないので、つきなみにしか想像できませんが、

 

・ジムの概念、チームを拡張し、パーティーやアライアンスを組めるようにする。

 →こうなれば、イベントを作りやすいです。リアルな店舗あるいはアミューズメントパークなどとコラボして、特殊なボスモンスターを配置するイベントをする。そこにみんなで集まってやっつけ合戦をするみたいな。

 

・モンスター育成の概念を拡張し、ペット感覚の楽しみ方ができるようにする。

 →ポケモンの最大の魅力は、そのキャラクターの親しみやすさでしょう。ピカチュウもそうですよね。

 

  今のところポケモンのゲームは、他のRPGと同じように強く育てて敵と戦わせるものです。でもかわいさで十分売っていけるんですから、ペットアプリのような路線も出せることでしょう。雨の日の自宅での楽しみ方にもつながります。もちろん、着せ替えコンテストとか、イベントもいくらでもやっていけそうです。あと数年したらSiriのような音声システムともアプリ間で連携ができるようなるかもしれません。ピカチュウが話し相手になる日がくるかもしれませんよ。

 

 要するに、「自分のゲットしたポケモンに愛着を増していける仕組み」「みんなでわいわいできる仕組み」を満たしていくってことですよね。

 

 いやあ、私はもうすこし頑張ってみようと思いますが、2週間もすれば周囲の光景は元どおりになるのではないでしょうか。

 リリース次の日、子どもと公園に行きましたが、親のスマホを借りて一生懸命画面を見ながらウロウロする子ども(傍に親がいる)、そして「ここにはいないね。」とか会話しながらウロウロする夫婦(カップル)が多くいました。一人でウロウロしている人は少なかったです。

 2週間後には、子どもが普通に遊んでいる傍でスマホをもってウロウロするお父さんが増えるんじゃないでしょうか。(子どもから目をはなさないでね)

 

 

 現在、公式サイトほか、ポケモンGO関連サイトがつながりにくい状況があるようです。それだけもうれつな話題性があるということです。13歳未満の子がアカウント取得できず、プレイできないようです。PTCアカウントを取得するサーバーが混雑状況にあるということ。普通のオンラインゲームならば「詫びはよ」ってことになるでしょうけれど、このポケモンGOに関しては、ベストな判断だと思います。

 すなわち、話題にのっかってプレイしている人がものすごい割合いるわけです。今の規模に合わせて設備投資したら大損害です。徐々に人気が出て、ユーザー拡大に合わせてサーバー増強といった他のゲームとはわけがちがうのでしょう。

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    裏技?チート?余興で済まされない犯罪行為。

    スマホアプリなどの人気ソシャゲでは、チート被害が絶えないそうです。
    プログラムを改変して、無敵レベルにまであげたり、課金してできるガチャでのレアキャラを好きなだけとったりすることです。


    昔のファミコンだと、バグを利用した”裏技”ですよね。
    私だって、小・中学生のときは喜んでやりましたよ。


     

    ドラクエ4のカジノのコインを6万枚くらいに増やすやつとか。。
    バグなんて、ゲームがいかれちゃったときに「バグる」という表現をしていたくらいで、
    プログラム上にエラーがあってそこをつくと、もろもろがおかしくなるとは知りもしなかったわけで、
    「裏技って、おもしろ要素で開発者が作っておいたのかなあ。」と不思議に思ったものです。

     

    もちろん、そういう裏要素を積んだゲームもいろいろとありますよね。
    それとバグとはちがったわけです。


     

    ソシャゲの場合、課金によって成り立っている分、チート行為は窃盗と同じような行為になります。
    ゲームが難しくなるほど、ゲームが下手な人は「ぶっとんだ強さ」に憧れるでしょう。
    本来、その程度のものでしかなくはずかしい行為ですから、実力で楽しんでいる友達にそれを知られたら軽蔑されます。
    でも、レアキャラのように何万出したらゲットできるのかわからない代物とかに欲が出るのは普通のことですし、それがちょっとした行為で簡単にゲットできてしまうのだったらやってみたいと思うに決まっています。
    ドラゴンボールじゃないですけれど、「ぶっとんだ強さ」を試してみたいと思うことも自然でしょう。
    (やったらすぐに飽きちゃうだろうけれど)

     


    もう7年くらい前だったか、チートツールが出回って、その取り締まりについてニュースになることがありました。
    当時私は低学年を担任していました。
    給食の時間になると、毎日のように子どもがポケモンの話をしています。
    私はポケモン初期世代だったと思いますが、実はポケモンはやったこともアニメをみたこともありませんでした。
    自分が子どもの頃からあるポケモンが、すたれることなくずっと子どもの心をつかんでいるのか、その実態を明らかにしようと思い、わざわざDSとポケモンのソフトを買ってやってみました。


     

    実際に自分がプレイしてみると、給食の時間に交わされる子どもの会話がよくわかるのです。
    だれが、1日にどれくらいゲームをやっているかもよく分かりました。
    ちょっとつっこめるようにもなると、実は昼間のうちに、母親がレベル上げをしておいてくれるという子がいることなどもわかりました。


     

    さて、ポケモンのゲームには、プログラム自体に既に組み込まれているキャラクターを初期設定としてロックしておき、映画を見に行くとそのキャラクターがもらえる(ロックを解除できる)という仕組みがありました。今もあるのではないでしょうか。

     

    驚いたことに、その映画が上映開始になる前に、クラスの子どもの何人もがそのキャラクターを既にもっているというのです。
    話を聞くと、「公園で、中学生のだれだれくんがやってくれた。」と言うのです。

    その実態に驚き、また興ざめして、私はそれからポケモン調査はやめました。

     

    子どもに罪の意識なんて、まったくありませんよ。
    当時はチート行為ではなくチートツール製造・販売のとりしまりでしたし。

     

    でも、親世代は常識として「今と昔とでは裏技は違う」と捉えておくべきです。
    今も昔も、裏技はおもしろいけれど、今のソシャゲで裏技は犯罪だということを。

    チートしてアカウントをBANされるだけだと思っている、とんだ甘い認識。
    刑事告発されたら、金銭的にも、そして社会的にも代償はものすごく高くつきますよ。

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      どこかが病んでいるという感覚

      これを書いている時点で、ある種の矛盾を指摘されそうですが、
      ブログという、ちゃんと自分を記録する手段をもっているのですから、やはりどうにか記録しておこうと思います。

      今の私の仕事とか、職場の環境とかは、とくに関係がない話だと思います。
      日本の抱える社会病理なのかどうか、それとも個人に帰する問題なのかどうか。

      今、思い立ったことではありませんが、今日もタイトルにある感覚にフラっとしたので、文章にしておくのです。


      私の大好きなさねくん。
      さねくんは、本当にかわいい。
      一緒にいると幸せです。

      ですが、今日の午前中、
      「ああ、さねくんを外へ遊びに連れて行ってあげないと。」
      と思ったのです。


      我が家に第2子が誕生し、4人家族になり、幸せこの上ないはずなのに。
      家事と育児で1日の全てが終わる。
      この1日にどっと疲れているのなら、きっと幸せなことでしょう。
      一方、周囲に気を遣っていただきながらも、仕事はたまる一方。
      終わらない、片付かない、片付けられない仕事のことで頭がいっぱいになっていて、胃も痛ければ頭も痛い。

      で、こんな思い方をしてしまったのでしょう。

      「さあ、さねくんを外へ遊びに連れて行こう!」
      ではなくって。


      子をもつ親が、必ず通過する状況だとか、感情だとか言えば、それだけの話です。
      なんのジレンマもない生き方なんてありませんから、別に大それた話でもないといえばそうでしょう。
      病んでるとか、何かのせいにしているようで、実はただの「欲」でしかないという考えもあるでしょう。

      でも、ただ私は、ふと、
      自分の子どもを満足に育てることに負い目を感じている自分
      に気付き、「どこかが病んでいる」という感覚におそわれたのです。
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        facebookの友達申請について

        一番初めにお断りしておきますが、この記事中で出てくる「友達」は一般的な意味ではありません。
        facebookのつながりである「友達」を指しています。
        私がとても尊敬している目上の方でも、facebookでは「友達」というつながりで表現されてしまうので。


        facebookでは、原則、実際にお会いした人で、かつ知り合い以上の付き合いの方とのみ交流させていただいています。
        友達申請だけ送っていただいても承認しませんし、
        メッセージが入っていても、今後双方にとって有意義な交流となりそうでない限りお断りしています


        先日、メッセージ付きで友達申請してくださった方がいましたが、
        「ちなみに共通の友達はだれだれさんです。」とまでメッセージにありました。
        見たところ、私との共通のお友達の方とは、ほんの一週間前に友達になった様子。

        メッセージをくださった方のページを見に行ったところ、何かの勧誘ですとか、悪意があるようには見えませんでした。
        ただ、私とfacebookの利用の仕方がちがうだけです。
        たくさんの方と友達になって、輪を広げたいという思いのようです。

        ですが、どうでしょう。
        「ちなみに共通の友達はだれだれさんです。」
        は、ちょっとマナー違反なように思います。

        その共通の友達とは、私について何か語り合ったのでしょうか。
        もしそうであれば、その共通の友達にとりついでもらえばいいのではないでしょうか。
        おそらく、その方には全く断りなく、その方の名前を語ったのだと思います。

        スパムまがいに、友達の輪を広げる簡単な方法だと思います。
        友達になったら、今度は私の友達に友達申請して、「あなたと共通の友達は町田さんです。」とメッセージを入れるのでしょう。
        私の友達は、私とのつながり方に応じて「ああ、○○関連の人かな」って思って承認してしまう可能性があります。

        つまり、この方がしたことは、メッセージを送った相手に対してではなく、メッセージの中に入れた名前の方に対して失礼だということです。

        素直に、「Twitterの相互フォローと同じような感覚です。もし同じような感覚でしたら、友達承認お願いします。」とメッセージしたらよいのではないでしょうか。

        facebookも、友達関係にならなくとも、フォローということができるようになっています。
        私のつぶやきや記事を自分のタイムラインに表示させたいのであれば、フォローをすればよいことです。


        私は友達を選べるほど立派な人間ではありません(そんな人は、私以外でもいないでしょうが)。
        それでも、友達って選ぶものですよね。
        選んだ自分がえらいわけでも、選ばれた相手がえらいわけでもありません。
        単純に、友達は互いに選ぶものだということです。

        当たり前のことを書きますが、私の生き方を尊重してくれる方で、私のことを大事にしてくれる方が、私の友達です。
        ネット以外の人間関係においても、広く浅くより、狭く深くを好む性格です。
        自分のキャパが少ないので、私が精一杯大事にできる幅がせまいので、仕方ありません。
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          この歳になって気付いたこと

          恥ずかしい話ですが、今日になってはっきりさせたことがあります。

          「おざなり」(御座成り)
          その場逃れにいいかげんな言動をする・こと(さま)

          「なおざり」(等閑)
          /新でないこと。いいかげんにして、放っておくこと。またそのさま。
          ⊃爾心にとめないこと。あっさりしていること。また、そのさま。

          『スーパー大辞林』より

          いや、昔から「両方聞くなあ」とは思っていました。
          でも、雰囲気のことを「ふいんき」という人がいるように、どっちかが正式じゃないんだろうなと漠然と思っていました。

          両方あるのですねえ。
          どちらも、似たような文脈で使うので、この歳まで気付きませんでした。
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            やる気と善意


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            ピノノワール第6弾
            ブルゴーニュ ピノノワール カーヴ・ド・リュニィ
            ブルゴーニュのピノなのに、なんと驚きの1000円。

            これまた可もなく不可もなくですが、酸味がしっかりしていて雰囲気は味わえます。

            今日は体調が優れないので、ちょっと飲んでもう終わりにします。

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            「やる気のある人を応援したい。」
            そりゃあ、そうなんです。
            足引っ張る人がいる中、やる気のある人って素晴らしいし、その人を応援したいというのは当たり前です。

            でも、やる気のある人を応援することによって、やる気が見た目にあらわれていない人たち(場合によっては空回りしていて不満を漏らしているような人たち)を排他する気持ちが起きてしまわないでしょうか。


            「やる気」は、何かに向かっていますよね。
            その方向については、ある種の価値観があります。
            組織として向かうべきものです。
            でも、組織が「やる気」だけで人を評価していると、コストバランスが管理されにくくなり、破綻を招く可能性があるのではないかと考えます。


            私は決して「やる気のある人を応援する」ことを否定しません。
            それはとても大事だと思っています。

            でも、それよりも先に
            人の善意に気付き、善意がよい結果につながることを願う
            ことを大事にもっておきたい、そう思いました。


            信条としていたわけではありません。
            自分自身の反省から、ふとそう思ったのです。

            陸上競技の長距離をやっていたからなのか、ストイックなのが結構裏目に出ることが多いと感じる私。
            ネガティブな人にイラッとくるスイッチを、OFFにすること。
            相手のためにも、自分のためにも。
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              耐性と反省


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              ピノノワール第5弾
              コノスル オーガニック
              実は、これは一度飲んだことがあります。

              コスパに優れたチリワインの中でも、はずれのないコノスル。
              ここのところ飲んできたものに比べると重さがありますね。
              味にも奥行きが出ています。
              さっき、一度冷蔵庫に入れていたので、若干の渋みを感じています。
              私のように酒に弱い人間には、一度開けてしまったワインはワインセラーには戻せず、冷蔵庫に入れるのではないでしょうか。
              私は場合によっては、冷蔵庫に入れず、テーブルに常温のまま置いておきます。
              味が落ちてしまうことがほとんどですが、しかたありません。
              冷蔵庫に入れたときは、出してから少しおいて、それから飲みます。


              最近はどのブドウ品種でも飲めるようになってきましたが、
              赤ワインを飲み始めた頃は、カベルネソーヴィニヨンは飲めませんでした。
              フルボディが好きなくせに??
              メルローとかもダメでした。

              カベルネソーヴィニヨンは、安心して飲んだ気になれますね。
              もちろん、当たりがきたときはよいですけれど。



              さて、今晩はカレーでした。
              焼きカレー。
              ルーのブロックは使用しておらず、トマトベースでガラムマサラで味付けしてあります。
              私はこれにさらにカエンペッパーをかけて食べます。
              いやあ、美味しかった。


              ワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラスワイングラス


              まさか、ここから本題?!

              どうでもいいんです、ブログですし、雑感ですから。

              仕事がうまくいかないことなんて多々あるでしょう。
              上司から怒られることもあるでしょう。
              周囲の信頼を勝ち取ることなんて、そんな簡単なことではありません。

              まあ、そういう点においていえば、学校の職員集団って同僚同士でのストレスがすごく少ない職場なのだそうです。
              夏にきたメンタルヘルスの人が調査を示していました。

              仕事に向かう姿勢というのは、本当に人によって様々です。
              勤労の義務はあるものの、勤労への価値観というのは様々でしょう。

              まあ、職場で仕事をさせていただいているのであれば、その職場の経営方針に従って仕事に向かうことは必要なことだと私は思っているのですけれどね。

              企業なら常識だと思いますが、
              例えば人事評価がA〜Eの5段階あって、Cがニュートラルだとしたら、
              任せた仕事を期待通りにやってくるはC
              ですよ。
              学校現場って、あまりこういう感覚はありません。
              任された仕事を、自分の力量でがんばればC
              という感覚の人の方が多い気がします。
              だから、「こちとらがんばってやってきたのに、当たり前みたいな顔して」みたいに逆ギレ?が起きたりするんじゃないでしょうか。

              根性とか、精神論の方向に屁理屈をこねてみるのではなくて、これは普通なのだと思うのです。
              がんばらない仕事なんてない、と私は思っています。
              もちろん、がんばりがいのある仕事であったらよいし、がんばった分、人から大いに認めてもらえたら嬉しいに決まっています。


              さてさて、そんな折、自分なりにがんばってみても、周りからはあまり認めてもらえなかったとします。
              そういう時って、きっと嫌な気持ちがするでしょうし、がっかりするかもしれませんし、あるいは憤りをおぼえるかもしれません。

              それに対して、そう、怒られることや、周りに認めてもらえない空気にさらされることに対して、耐性をもつこと。
              これは大事なことでしょうか?

              若手の先生、もう平成生まれの人もいます。
              ゆとり世代なんて言われて、すぐに新型うつになって、ストレス耐性がないなんて言われてしまうこともよくあります。
              ですから、耐性があったらいいのかもしれません。

              でも、ゴキブリのような頑強な生命力をもてというわけでもないと思います。
              そもそも耐性があったらいいかもしれませんが、
              耐性だけがある人は、単なる鈍感な人で、成長はあまり期待できないのではないでしょうか。

              矛盾するようですが、
              最近の若い先生で、療休に入ってしまう人は「真面目」であるがゆえに、自分のキャパを超えてしまうことが原因にあるなんてことも言われますね。
              反省ばかりしてしまうのでしょうか。

              まあ、私はそうは思っていません。
              やはり耐性がないのだと思います。
              だって、大事に育てられてきていますもの。
              耐性がなく、落ち込み、自分を卑下するんですね。根拠のないプライドとの葛藤です。
              (プライドに根拠なんてなくていいって思いますがね)

              でもね、落ち込んだり卑下するのと「反省」は違いますよ。
              そこの区別がついていないことが最大の悪因だと思うのです。


              子どもにも話をしていますが
              「事実の振返り」は「反省の一歩手前」。
              それでは、反省にはなっていないと考えるのです。


              耐性はあった方がいい。
              でも、反省ができるようになることが、一番自分を幸せにする。

              そう思います。
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                意味のある問いか

                学校では、出前教室をすることがあります

                出前教室とは、外部講師が来て、授業をしてくれることです。

                学校側、担任などが依頼して行うことのほか、
                企業などが「出前教室やります」と売り込んできて、それに応募することがあります。

                担任が依頼するものは、事前に打ち合わせして、ねらいを確認したり、
                どのような内容を話してもらうかなど、伝えたりします。

                学校の教師よりも専門的な人に、“ホンモノ”の話をしてもらうことは大きな価値があります。


                一方、企業などからの出前教室は注意が必要です。
                キャッチーなものもありますが、伝える内容がプログラム化されているために、子どもの実態にあわなかったり、ねらいからそれてしまうことがあります。


                そういった出前教室に多くみられる光景ですが、
                それだけでなく、教師としても反省すべきことが見えてきたりします。
                それは、子どもに「意味のない問いをしない」ということです。

                本当に考えさせたいことを問うのがセオリーですし、(もっと言えば、考えさせたいことは教師が問うのではなく、子どもから問いが生まれるようにするのですが)子どもの思考がとぎれないようにすることが大事です。
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                  テレビ、ゲーム、インターネット

                  早く帰るようになって、夕方にテレビを見ることが多くなりました。
                  以前も、たま〜には夕方のニュースなど見たことがありましたが、何やら特集をしているのだなあと思っていました。
                  でも、考えてみれば、そのたまににいつも同じような特集をしているなあと。

                  そう思ってから改めて最近頻繁に夕方ニュースを見ると、年がら年中同じようなものをやっていることが分かりました。
                  Gメンばっかりでてくるというか^^;

                  これって報道として、どういう真意があるのでしょうね。
                  私は週刊誌なども読みませんので、こういう類いのニュースには慣れません。

                  お茶の間で「やれやれ」とか、「どうしようもないな」とかそういう声を出してもらいたいのでしょうか。
                  そして一方で、自分の暮らしに多少なり優位を感じさせるということなのでしょうか。
                  いずれにしても、学校では習わない現実を知る機会としては一定の意味があるかもしれませんが、毎日見ていて精神衛生には悪影響の方が多いように思います。


                  テレビ番組は、本当にいろいろです。
                  どの年齢でも自由に見る事ができます。

                  子どもに対して、ゲームは規制することが多いですが、
                  個人的には、テレビ番組を規制することの方がよっぽど大事に思います。

                  子どもにとっては24時間が学びと成長の時間だと考えると、
                  中毒性のあるものを規制して、生活リズムを狂わないようにすることだけでなく、
                  テレビ視聴にも親なりに「意味」をもっておかなければと思います。

                  インターネットも同様。
                  ネットだからとか、LINEだからとか、そういう問題じゃなくって。
                  価値観に左右されず、守備範囲を広げ、子どもの生活環境をアセスメントしていくことが大事なのだなあと感じたところです。
                  0

                    金属のこすれる音

                    苦手な音ってありますよね。
                    ガラスに爪。
                    黒板に爪。
                    フォークでひっかく音。
                    どれも「ひっかく」時に出る音ですね、関係あるか分からないけれど。

                    嫌いな人、多いですよね。
                    でも、大丈夫な人も結構います。

                    私は、子どものころは全然大丈夫でした。
                    感覚的にですが、大丈夫なのは子どもの方が多いように思います。
                    経験値なのでしょうか。

                    私は、30歳を超えたくらいから、どうもこういう音が完全にだめになってきました。
                    耳ではないのです。
                    反射的なものです。
                    パブロフの犬レベルです。

                    人がやってしまったのを見たときは、耳をおさえます。耳はなんともないのですが。
                    自分がやってしまったときは、手をおさえます。手からすぐに胸のあたりまで嫌な感じがビリビリします。
                    その後に胸を頭や胸をかきむしりたくなります。
                    全身に電気が流れるようなものです。

                    しかも、吐き気のようになります。
                    しばらく、そうしばらく余韻が残ります。

                    不思議ですね。
                    以前は大丈夫だったのに。


                    これは予想なのですが、多分、聴覚ではなく、視覚+触覚なんです。
                    この反射的な吐き気というか電気というか。。。

                    あの音を状況が想像されないようなときに、目でも見ていない状態で、聞いたとしたら、平気な気がします。

                    極力あの音が出ないようにすることが一番の対処法ですが、他に何か克服できる方法ってあるのでしょうかね。

                    こういう経験と結びつく反射って、心理学の範疇ですよね。
                    精神病理学と密接なのがよく分かるというものです。

                    記事を書いているだけで、なんだかむずむずしてきてしまいました。
                    読んでいてむずむずさせてしまったらごめんなさい。
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