湯煎ステーキは本当に美味かった

肉の仕入れに強いスーパーが近所にできたこともあり、(対抗してか)さらに近所のスーパーでも肉のセールを工夫してくるようになった気がします。

 

 

終日、ステーキ用ロースを「半額」で売り出している日があります。

まあ、「半額の日」以外にその肉は出てこないんですけどね。

つまりは設定価格通りってこと。

なんですけれど、グラム単価が安いし、「ジャンボステーキ」とかいって400〜600g以上であるからついつい買ってしまう。

 

筋切りしても、これでもかってくらい硬くて、価格相応ってやつだなと思っていました。

お金に余裕があれば、ヒレ肉とか食べたいけれど、頻度との相談になります。

 

で、

見たんですよ。テレビで。

家で焼くステーキで失敗しない方法というのを。

それが「湯煎」するっていう方法だったので、「う〜ん、ステーキといより茹で肉なんじゃ?」って気もしました。

ただ一度やってみようと。

 

理屈としては、

牛の体温に近づけ、肉をふつうの状態に近づける。=肉が活動できる硬さってこと?

タンパク質は一定温度以上で不可逆に硬化する。(生卵はゆで卵になるけれど、ゆで卵は生卵に戻れない)

ということなんだと思います。

 

まずは、筋切りをします。

肉と脂身をまたぐように、ちょきちょき。

ここで牛脂をすりこむとよいらしいのですが、もらってくるのを忘れたのでオリーブオイルを塗ります。

 

次に、ジップロックに平らに入れます。

肉が大きかったので、2つに分けました。

できるだけ真空に。(湯に接しないと肉に温度が均一に伝わっていかないからかな)

 

フライパンに水を入れて、50℃になるまで温めます。

上述の理屈からすると、ここの温度管理はきちんとした方がよさそうでした。

でも温度計がないので、指でなんとなく。

50℃っぽいお湯に投入。浮いてこないように、なにかおもしを。うちは、フライパンよりやや小さめの鍋の蓋を使いました。

 

50℃になったら火を止めていいらしいのですが、肉を常温で置いておかなかったので、超弱火をつけたままにしたり、止めたりとやや気をつかいました。

 

5分経ったら、湯煎はおしまい。

あとは、表面に好みの焼き色をつけるだけとのこと。

オリーブオイル(牛脂がなかったからね)をしいて、ヤキヤキ。

2つに分けていたので、1枚目は表60秒、裏30秒くらい。2枚目は表30秒、裏20秒くらい。

 

出来上がり!

実食です。

これには本当に驚きました。

硬くて食べれたもんじゃないところが必ずあるくらいの肉だったのですが、

どこも柔らかく、とても美味しく仕上がりました。

 

実は1枚目と2枚目では、硬さにかなりの違いが出ました。

これで温度に対する実感がわいたのです。

2枚目よりも1枚目の方が硬かった。おそらく表面を60秒焼いたからだと思います。

焼く時間が長ければ長いほど、よくないわけですね。そうなると日頃の焼き方だと肉は硬くなる一方なわけです。

ステーキソースとか玉ねぎとかを入れた状態で焼いた方がよいのも、おそらく肉が硬化するのを防ぐ意味があるのでしょう。

 

もちろん、ただ焼くよりは手間がかかります。

でも、これだけ結果に違いが出るなら、もう次回からは必ず湯煎ステーキにします。

 

 

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    部屋の大掃除

    いい天気。子どもは虫取り日和。

     

    GWのうちにやっておきたいことの1つ、部屋の大掃除に着手。

    ・・・したのですが、いったんはきれいになっていた部屋も、断捨離しようと棚やクローゼットの中身などを出したらもはやカオス状態に。

    ここでGW終了すると、完全な物置に逆戻りです。

     

    私の部屋(とされるところ)は、本棚だらけ。

    クローゼットには、思い出の品々とか、引越しのときに未整理だったものとかで埋まっています。

    生活空間はほとんどなし。

     

    本はかなり処分しましたが、学校に持って行っていない学級文庫用の本などもあふれています。


    トレーニングができる部屋にしたい。固定ローラー台でZwiftしたり、タバタしたり。でも・・・

    自室についているエアコンは古すぎるので稼働させるつもりはなく、そうなると夏場はここで過ごすことはないかなあ。

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      やっと始められた

      近所の公園でゴミ拾いをしました。

       

      もう10年前くらいから「街の清掃活動をしたい。」って思いをもっていたのですが、

      「ほんとか?」とつっこまれるくらい、ほんとに何もしてきませんでした。

       

      どうしてしたいかって言われると、そんなに深い理由とかないんですけれど、

      生垣とかにごみが捨てられていると気持ち悪いんですよね。きれいだったらいいのにっていうただそれだけの思い。

      一日一善とか、社会貢献とかそういう思いは特にないです。

       

      自分に子どもが生まれて、公園を毎週のように利用するようになって、

      「ごみをどうにかしたい」という気持ちが高まっていました。

      1ヶ月以上前に、百均で火挟を買ってきました。

      それから、近所の公園に行かなかったもので、ようやくデビューです。

       

      今のところ、一番近所の公園でのみやる予定です。

      再整備されたばかりでとてもきれいな公園なのに、ごみがすごいんです。

      他の公園よりもとても多い。それが残念で。

      (公園愛護会の活動が、他の公園よりも少ないのでしょうか。花壇はきれいにされているけれど)

       

      缶やペットボトルもまあまあありましたが、ダントツ多かったのはおかしのゴミです。

      公園のすぐ近くに我が子が通うことになる小学校があって、ほとんどはここの小学生(や卒業生)のやっていることなのだよなと思うと、とても悲しい気持ちになります。

       

      ま、私も始めたばかりですから、しばらくがんばってみようと思います。

      本来なら公園愛護会に入会すべきなのでしょうけれど、別にゴミ拾いしてばちは当たらないだろうと。

      ごみが減って、子どもたちが安全に利用できるようになればいいのです。それだけ。

       

       

      一つだけ困ったのは、割れたびん。

      一番回収したいごみなんだけど、火挟とビニール袋の装備ではやるべきじゃないかな。

      麻袋でも用意しなくちゃいけないだろか。割れたびんには、さすがに憤りを感じますよ。

       

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        自分の文体

        小学校3年生か4年生の学期末の記憶。

         

        学期をふりかえっての作文を、終業式で読む役を担いました。

        立候補の中から選出されたのか、任命されたのかは覚えていません。

         

        そのとき初めて「マイクから話す」という経験をしました。

        自分が話した声がコンマ遅れて校舎にくっついたスピーカーから聞こえてくる感じ。

        自分の声にエコーがかかった感じ。

        作文を読んでいるものの、心の中ではいろいろ違うことを考えているのですね。

         

        なぜだかそのとき一番強く記憶しているのは、自分の文章の癖に気付いたことです。

         

        マイクから遅れて届く自分の声で、自分の話が客観的に聞こえたのでしょうか。

        作文を読みながら

        「あ・・・。思うをいっぱいつけているな。」

        と気付いたんです。

         

         

        正直なところ、この癖はまだ抜けていないと・・・思います(爆)

         

         

        話し言葉では、みんなありますよね。

        「要するに」をつけて話してしまう自分に気付いて、なんてはずかしいって思いつつ、これまたなかなか直せないんですよ。

         

        「思う」は、断言を避けるような使い方をしてしまいがちですが、本来の意味からすれば、別にそういうのはなく、きちんと思慮を示す言葉です。そういうつもりで使えるならいいのかな。

         

        数日前の記事で書いたとおり、私ははっきり主張するけれど、それを人に押し付ける気はさらさらない。そういう心理から「思う」がついてしまうのかもしれません。

         

        まあ、聞いていなくていいから言いっ放したいっていうことじゃないです。

        ちゃんと「分かってほしい」気持ちもありますし、共感してくれる人がいたら嬉しいです。

        でもやっぱり、人の思いを知りたい気持ちの方が強いのかなあ。

         

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          第6感に訴える畏怖の念を

          節分でしたね。

          恵方巻き、食べましたか?

          一年前にも同じことを言った記憶がありますが、

          あんなにでっかい太巻きを押し黙ってもぐもぐしている様子を、空の上から見るような視点で街を見渡せたら、ほんとに滑稽だろうなあ。

          災いをさけるとは、忍耐の力によるのではないかと思いました。

          忍耐するのは、一年のうちに数回あればいいですね。

          太巻きは美味しいからいいやと思って数年やりましたが、来年こそは切った太巻きをお箸でつまもうと思います。

           

          イワシを玄関にっていうのは、我が家ではやっていません。

          金曜日にクラスの子どもたちに話しても、これはどうもしていないようです。

          地域差があるのでしょうか。

           

           

          さて、保育園では毎年ダンボールで等身大(大人サイズ)の鬼を年少から年長さんが作ってくれます。

          たてわりでグループ構成をしてくれて、取り組んだようです。どうやって仲間わけをしたのかは知りません。

          実悠グループの鬼は、実に実悠らしくやさしい顔の鬼でした。

           

          我が家でも豆まきをします。

          庭付き一戸建てないので、部屋の中でしかできません。

          まいて回収するという、地味に大変な作業つきです。

          4人とも交代で鬼役をやりました。

          妻がいうには、自分の中にいる邪気を豆で追い払ってもらうのだそう。

          なるほど。

           

          優律実の「おにわーしょとっ!!」という掛け声とともに繰り出される豆は、すごい勢いでした。

           

           

          我が家は無宗教なのですが、

          第6感に訴えるような、畏怖の念というものは子育てする上で大事だなと最近よく思います。

          簡単にいえば「お天道様はちゃんと見ているんだぞ」って話。

          地域ぐるみで子どもを見ていて「おたくの○○ちゃん、なになにしてたよ。」って言い合えて、連携プレーがとれていれば神頼みしなくてもいいのかもしれませんけれど、子どもにとって身近で知っている人でない誰かからもちゃんと見られているっていう感覚をもつことは大事だと思います。

           

          「神様は、いいこともわるいことも、ちゃんと空の上から見ているんだよ。」

          とここのところ言うようにしています。

          何の因果関係がなくとも、いいことしている後にいいことが起きた時に「ねっ?」と言い、

          悪いことしたあとに悪いことが起きると「ねっ?」と言います。

           

          子どもにとって、親はヒーローヒロインであってもいいけれど、万能ではない方がいいんです。

          そういう万能感の低減にも一役かうと思います。

           

          JUGEMテーマ:子育て

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            管理か指導か

            皆既月食だと聞いて。

             

            いろいろと書いておきたいことがありますが、仕事もたてこんできたので、今日はふつうの日記。

             

            妻が宿泊学習から帰ってきて、子どもたちもにこにこ。

            けんかしたりわがまましたりの二人にもどりました。(笑)

             

            保育園からもう帰るってときに、実悠がはさみで指を切りました。

            (重傷ではありません)

            実悠のはさみを、うっかり他の子が使っていて、「それぼくのだから返してね。」って手を出したらチョキンってなってしまったとのこと。

            実悠は「やっぱり、怪我ってこわいね〜。」と力説していました。

            保育士さんに巻いてもらった絆創膏から随分と血がにじんでいたので、結構深かったのかもしれません。

            実悠からは、「○○ちゃんが、大丈夫?大丈夫?ってなんども聞いてきたんだよ。」という話を聞きました。

            多分、相手の子の方がびっくりしちゃったことでしょう。

             

            保育士さんは、絆創膏を貼ってくれましたし、ちゃんと実悠にも話をしてくれました。

            そして迎えにきたところ、状況もちゃんと話してくれました。

            ありがたいことです。

             

            一応、実悠にはさみはどこに置いてあるのかを聞いてみました。

            一人ひとり、のりとはさみを入れる仕切りがあって、みんなのものが一箇所に集めておいてあるそうです。

            自分たちで使うときに準備したり、片付けたりすることができて、安全面も配慮されていて、実に理にかなっているなと思います。

             

             

            はさみも刃物ですからね、ちょっとしたことで傷ついたり傷つけてしまったりする危険があります。

            保育園では小さいころから、工作遊びではさみの使い方を教えてくれます。

            「安全に気をつけながら使う道具」という意識が身につくように、適当に(いい加減という意味ではないです)管理されています。

             

            その流れがあって、小学校での子どもたちの姿につながってくるのだなと、よく感じます。

             

             

            安全教育に関する議論は、管理と指導の「合理性」がものすごく大事だと思います。

            「万が一」「何かあってからでは遅い」「責任の問題が」

            こういう言葉を使うのは簡単ですけれど、合理性がなければ極論がまかり通ることになります。

            はさみは、殺傷能力もある。思わぬことで、大きな怪我をしたり負わせたりしてしまう。だから子どもには持たせられない。

            これに合理性があるかどうかだと思います。

            たとえば、はさみを紙などの物を切る道具として使うだけでなく、意味もなくふりまわしたり、他の子のいうことをきかす脅し道具に使ったりする子がいれば、それは状況として危険を伴いますから、持たせることはできないでしょう。

            子どもの道具箱にしまってあるのであれば、その子のはさみを取り上げるだけでは危険は回避できませんから、他の子のはさみも一括して管理する必要が出てきてしまうでしょう。

            でもそれは、子どもたちみんな納得する合理性があると思います。そういう状況にあって、自分の身を危険にする(はさみがいつでも手にとれる場所にある)ことは歓迎できないでしょうから。

             

            しかしながら、そういった危険がないにも関わらずはさみを取り上げるのだとしたら、そこに合理性はないのではないでしょうか。

            先日の記事と同様、過剰なコントロールに他ありません。

            銃刀法違反とか聞きかじりレベルで引き合いに出してくることもありますが、持ち歩いてよい刃物(刃渡り)とか所持目的などがちゃんと書かれていますよね。じゃなければ、包丁をお店で買ってから家に持って帰れません。

             

            不審者がいるかもしれないから家から出ないとか、交通事故にあうかもしれないから道は歩かないとか、合理性のない安全管理ってそういうことです。

            近所で不審者情報が出ていたら、外出を控えますよね。これが合理性です。

            事故多発場所の横断歩道と歩道橋があったら、子どもは歩道橋を通らせます。あるいは他のルートを検討します。横断歩道に大人が立って見守ります。これが合理性です。

             

            保育園でのはさみの使用については、さすがに使用者である子どもと保育士さん保護者の三者で話し合うのは難しいと思います。

            指導によって「安全に気をつけながら使う道具」という意識が身につくようにするための使用環境・管理体制を保育園で検討し、保護者もそれを知り、考え、意見したり子どもに言い聞かせたりする必要があるでしょう。

            また、そのときの状況に応じて管理体制を「合理的」に変更し続けることになるでしょう。

             

            つくづく、我が子を通わせている保育園は、信頼できる保育園だなと思うのでありました。

             

            学校のICTでも「使わせない道具」という、超過剰管理体制が・・・。

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              ベランダのカブトムシは

              ベランダに衣装ケースで飼っているカブトムシ。

              先日の雪やら、氷点下やらで心配になりました。

               

              優律実もここのところ「カブトムシ見る〜。」と心配??しています。

              表面の土が乾燥してくるので、先日じょうろで水をかけたんです。

              土と一緒にシャーベットになってしまっていたら・・・。

               

              無事であるなら、カブトムシとしてみれば掘り起こさないでくれって思うことでしょう。

              結果

              衣装ケースにまんべんなく散らせたはずが、真ん中の下部に身を寄せ合っているようでした。

              30匹は入っているはずなのに、端の方からは2匹しか出てきませんでした。

              その2匹って、いじめられちゃってるのか、それともアウトローなのか。

               

              冬場は霧吹きをするとよいってネットでは書かれていますが、大きなケースで飼育しているときは

              そういう必要はないのかなって感じています。

              確かに表面はカラカラになるんですけれど、カブトムシが冬眠しているあたりまで水分がなくなることは到底ありません。

               

              JUGEMテーマ:カブトムシ

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                残雪

                 

                北側斜面にはまだ雪が残っています。

                先日「こういう天候変化の場合は、雪かきをしないでおいたほうがいい。」とか書いちゃいましたけれど、全然あてはまりませんでした。一日中日陰になっている歩道では、雪かきしないエリアは凍結してしまい、おそろしいことになっていました。

                一度凍結してしまうと、結構あとまで残ってしまいますよね。難しいものです。

                 

                玄関前につくった雪だるまは、かなり小さくなりましたが、まだ我が家を守ってくれています。

                雪だるまって、解けていくときに形をとどめたまま小さくなっていきますよね。あれ、不思議だなって思います。

                風がよく当たる場所とか、床に接している部分とかで、だんだん山っぽくなりそうなものですけれど。

                あの丸い形がそう見えさせるのでしょうか。

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                  トムとジェリー

                  散らかしたレゴブロックを、ブルドーザーで片付ける実悠。

                  ちなみに、散らかしたのは優律実です。

                   

                  インフルエンザで休んでいた間に、優律実はすっかりテレビっ子になりました。

                  私が昔買った「トムとジェリー」のDVDを毎日熱心に観ています。

                  もう保育園に行くというのに、朝から「トムとジェリーみる〜。」と言うのだから大変です。

                  保育園から帰ってきても、ご飯を食べた後も、お風呂から出てからも、とにかく

                  「トムとジェリーみる〜。」

                  ですよ。

                   

                  そういえば、優律実はトムとジェリーの世界から出てきたような子だなあ。

                   

                  ちなみに実悠が今の優律実の年齢のとき(2歳)に、実悠に「トムとジェリー」を見せたのですが、

                  トムがびっくりするくらいべこべこになっちゃったりするのを見て、それが悲しかったらしく全然見ませんでした。

                  そのときは「さねちゃんらしいなあ」と思いました。

                  今はもう、ゲラゲラ笑いながら見てますけどね!

                   

                  我が家でリアルトムジェリするなら、間違いなく実悠がトムで優律実がジェリーですね。

                  (そういったらなぜかまんざらでもないという反応の実悠に笑ってしまいました。なぜ?!)

                   

                  JUGEMテーマ:子育て

                   

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                    雪遊びは一生の思い出

                    紅梅が雪化粧して、とてもきれいでした。

                     

                    子どもたちからは「先生、今日の体育は何するの?」と聞かれるも、

                    「今日は体育はできないよ〜。」と答えるしかありません。

                    「え〜。」と子どもたち。

                     

                    でも、生活科の「冬となかよし」ということで、1時間目はおもいきり雪あそびをしました。

                     

                    みんな、雪目とかは大丈夫なのかしらと心配になりました。

                    私は斜視なので、光の乱反射など視覚的刺激に弱く、すぐ疲れてしまいます。

                    (外斜視と上斜視と、両眼とも斜視があるので、それもあって目や頭、肩が疲れやすいのかなと思っています。)

                    というわけで、私は偏光レンズのサングラスをかけさせてもらいました。

                    こういうとき、先生は集中砲火を浴びますから、悪役変装っぽくて都合もよかったです。

                     

                    タイトルにある「雪遊びは一生の思い出」って雪国の人からみれば「は?」ってなると思いますが、横浜のように1年に1度積もるか積もらないかみたいな地域では、小さな子にとって本当に貴重な経験なのです。

                    雪国に旅行などに行っていなければ、おそらくまだ人生で2回くらいしか経験していないのですよ。

                    そんなときに、「授業があるから」とかで貴重な経験をうばっちゃいけません。

                    大人にしてみればじゃまで迷惑な雪ですけれど(風情は感じます)、子どもにとってはそういうもの。

                    すてきな時間を過ごすことができました。

                     

                     

                    今日は気温が高かったので、あっという間に解けましたね。

                    明日からまた大寒波だそうですね。関東圏でこういう天候の推移をする場合は、「雪かきをしないほうがいい」のかなって思いました。

                    雪かきしないところは全て解けていましたが、雪かきしてまとめたところはずいぶん残りましたので、明日凍結しますよね。

                    今日より、明日が心配。

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                      小学生発!Pray for Japan

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